なぜ日本は米英との開戦に踏み切ったのか

1941年12月8日、日本はアメリカ・イギリス両国との開戦に踏み切りました。なぜ先人たちは2つの大国と戦火を交える決断に至ったのか――。日本を取り巻く当時の国際情勢を交えながら、米英との開戦も止む無しとの決断に至る経緯について、中條高徳先生と渡部昇一先生(共に故人)のお二人の対談から一部ご紹介します。

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東條英機の宣誓供述書に見る真実

〈渡部〉
東京裁判のときに提出した東條さんの宣誓供述書があります。これは弁護士と一緒になって、メモを見ながらつくったものです。その中で東條さんは、戦争中の主な出来事を挙げて、なぜ日本がそういう行動をとったのかを一つひとつ述べています。

要するに、日本はアメリカなどが仕掛けてきたことへの対策として受動的に行動したのだといっているわけです。これは東條史観といってもいいものです。ただ、これだけでは東條さんの主観に過ぎないではないかと思われて、あまり価値がない。ところが、東條さんが東京裁判の宣誓供述書の中で述べている内容は、GHQ司令長官のマッカーサーによって追認されることになる。

東條さんが死刑になってから数年後、朝鮮戦争の最中にアメリカに呼び戻されたマッカーサーは上院の軍事外交合同委員会という公式の場で証言します。そのときに彼は、

「日本がこの前の戦争を行ったのは主として自衛のためであった」

と述べ、その理由を挙げています。するとその趣旨は、東條さんの宣誓供述書の内容と瓜二つなんですよ。

東條さんは日本の戦争責任者です。マッカーサーは日本と戦ったすべての連合国から委嘱されて東京裁判で日本を裁いた人です。その二人の見解が一緒になったのですから、これほど協力で信用できる歴史観はないじゃないですか。これを私は「東條・マッカーサー史観」と呼んでいます。

だから、この前の戦争に日本が入っていったのは、主として自衛のためだったというのが正しい。その理由は、今話してきたように英米が日本に物を売らなかったことがきっかけになったわけです。

〈中條〉
昭和16年8月9日、時の政府は近衛文麿内閣ですよ。このころの日本はABCDラインで物断ちをされて、このままでは自滅するかもしれないという瀬戸際にあった。わが国の前には、何もしないで米英の軍門に下る道と、米英を相手に戦をするという2つの道しかなかったわけだ。このときに、「戦って敗れたりといえども後に続くものはこの道を選択したほうが正しいと判断するだろう」と、海軍大将の永野修身が発言しているんですよ。

こうした判断の是非をこれからの若い人たちには冷静に勉強してもらいたいね。昭和16年に第二の道、戦の道を選んだのが正しかったかどうか吟味してほしいと思う。

しかし、そのときも簡単に判断したわけではないんです。近衛内閣は思い詰めて、行政府も国会もいったんは戦争を覚悟した。当時の日本は立憲君主制ですから、その決定を天皇にお伝えした。そうしたら天皇は

「四方(よも)の海 皆同胞(はらから)と思う世に なぞ波風の立ち騒ぐらん」

というおじいさんである明治天皇様の御製を2度もお読みになった。これは要するに「平和を求める」という御製ですよ。

立憲君主制というのはご承知のように、国会で決まったことに対して、天皇は「あ、そう」と御璽を墨されるのが本当の姿です。でも、このときは「天皇様は平和をもっと追求しなさいという思し召し」というので、近衛内閣は日米交渉の道を再度模索したわけです。

そのとき、陸軍出身者の私にはちょっと不名誉なことだけれど、〝暴れ陸軍〟を押さえる能力のあるやつを総理大臣に選ばなければとても御意に沿い難いということになった。そこで近衛内閣は総辞職をして、陸軍大臣を務めていた東條英機を次の総理に選んだのです。

東條が選ばれたのは、彼が一番陸軍を押さえる力が強くて、かつ天皇に対する忠誠心が高く、かつ天皇の思し召しも篤かったからです。だから東條英機の登場は戦争を遂行するためだと考えるのは、とんだ大間違いです。さっきも話にあったけれど、戦争回避の道を模索するために首相になったんですよ。

〈渡部〉
東條さんは(戦後、東京裁判の)法廷でキーナン主席検事とやり合いますね。あのころの日本の空気は反東條で満ちていましたけれど、あれは東條の勝ちだなと皆が思った。

だから戦中戦後史の研究をする人なら東條さんの宣誓供述書は絶対に読まなければいけない第一級の資料なのに、つい最近まで、あの宣誓供述書を参考にした人はいなかったんですよ。


(本記事は弊社刊『子々孫々に語り継ぎたい日本の歴史2』〈中條高徳&渡部昇一・共著〉から一部抜粋・編集したものです)


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◇中條高徳(なかじょう・たかのり)
昭和2年長野県生まれ。陸軍士官学校(60期生)を経て学習院大学卒業後、アサヒビールに入社。57年、「アサヒスーパードライ作戦」を展開し大成功を収める。63年、同社代表取締役副社長に就任。同社名誉顧問、「英霊にこたえる会」会長を歴任。著書は『立志の経営』『おじいちゃん戦争のことを教えて』『おじいちゃん日本のことを教えて』『日本人の気概』(いずれも致知出版社)など。平成26年12月逝去。

◇渡部昇一(わたなべ・しょういち)
昭和5年山形県生まれ。30年上智大学大学院西洋文化研究科修士課程修了。ドイツ・ミュンスター大学、イギリス・オックスフォード大学留学。著書に『渡部昇一の少年日本史』『忘れてはならない日本の偉人たち』『一冊まるごと渡部昇一』(いずれも致知出版社)など。平成29年4月逝去。

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