認知症の母の介護 心の支えになる珠玉の詩——藤川幸之助 詩集『支える側が 支えられ 生かされていく』より

 

もうすぐ5人に1人が発症するといわれる認知症。誰もが認知症とは無縁ではいられない時代がやってきます。詩人の藤川幸之助さんは、24年間に及ぶ認知症の母の壮絶な介護体験をもとに、命をテーマにした作品を発表してきました。その体験談や詩作は、NHK Eテレ『ハートネットTV選』、『朝日新聞』天声人語欄にて紹介されるなど、大きな反響と感動を読んでいます。藤川さん初の自選詩集『支える側が 支えられ 生かされていく』(致知出版社刊)より、感動の詩作品をご紹介いたします。

★感動の声が続々。藤川幸之助氏、初の自選詩集「支える側が支えられ 生かされていく」(致知出版社刊)の詳細・ご購入はこちら 

 

父の分まで

父はいつも手をつないで

認知症の母を連れて歩いた。

「何が恥ずかしいもんか

 おれの大切な人だもの」

父の口癖だった。

 

立ち止まっては

いつも母に優しいまなざしを向けて

「大好きなお母さん

 ずっと側におるよ

 死ぬときはいっしょたい」

と、父はいつも言った。

母は屈託のない笑顔を父に返した。

 

父は過労でぽっくりと逝き

母と一緒にあの世へは行けなかった。

父をまねて母の手を握る。

母の手はいつも冷たい。

私の温かさが母へ伝わっていくのが分かる。

伝わっていくのは言葉ではない。

父をまねて母を笑顔で見つめる。

母は嬉しそうに私を見つめ返す。

伝わってくるのも言葉ではない。

 

父をまねて

言葉のない母の心の声を聞こうとする。

言葉のない母の心の痛みを感じようとする。

分からないかもしれない。

でも私は分かろうとする。

手をつなぎ、母を見つめて

私は父の分まで母を分かろうとする。

静かな長い夜

母に優しい言葉をかけても

ありがとうとも言わない。

ましてやいい息子だと

誰かに自慢するわけでもなく

ただにこりともしないで私を見つめる。

 

二時間もかかる母の食事に

苛立つ私を尻目に

母は静かに宙を見つめ

ゆっくりと食事をする。

「本当はこんなことしてる間に

 仕事したいんだよ」

母のウンコの臭いに

うんざりしている私の顔を

母は静かに見つめている。

「こんな臭いをなんで

 おれがかがなくちゃなんないんだ」

 

「お母さんはよく分かっているんだよ」

とは言ってくれるけれど

何にも分かっちゃいないと思う。

 

           *

 

夜、母から離れて独りぼっちになる。

私は母といういだ海に映る自分の姿を

じっと見つめる。

人の目がなかったら

私はこんなに親身になって

母の世話をするのだろうか?

せめて私が母の側にいることを

母に分かっていてもらいたいと

ひたすら願う静かな長い夜が私にはある。

(本記事は藤川幸之助著『支える側が 支えられ 生かされていく』から一部抜粋・編集したものです)

◇藤川幸之助(ふじかわ・こうのすけ)

昭和37年熊本県生まれ。小学校の教師を経て、詩作・文筆活動に入る。認知症の母親に寄り添いながら命や認知症を題材にした作品をつくり続ける。また、認知症への理解を深めるため全国での講演活動にも取り組んでいる。『満月の夜、母を施設に置いて』『徘徊と笑うなかれ』(共に中央法規)、『マザー』『ライスカレーと母と海』(共にポプラ社)、『支える側が支えられ 生かされていく』(致知出版社)『赤ちゃん キューちゃん (絵本こどもに伝える認知症) 』(クリエイツかもがわ)など著書多数。

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