聖地ベガスで初戦圧勝。井上尚弥選手の師・大橋秀行会長が見た木鶏——動じない心はいかにつくられるか

大橋秀行さん

2020年11月1日(現地時間10月31日)に開催された、WBA&IBF世界バンタム級統一王者・井上尚弥選手のラスベガスデビュー戦。聖地での注目の大一番を圧勝で飾った井上選手を指導してきたのが大橋秀行さん(大橋ボクシング会長)です。月刊『致知』誌上では「一道に賭ける者の人間学」と題し、大相撲元大関・尾車部屋親方の尾車浩一さんと、恐怖心の乗り越え方、また大橋さんご自身が動じない心をいかに身につけたかについて語り合っていただきました。

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ここ一番で負ける選手だった

〈大橋〉
ボクシングの場合は、(相撲と異なり)先輩から「かわいがられる」っていうことはあまりないですね。親方のように辛く苦しい修業時代というのはなかったのですが、ボクシングで何が苦しいっていえば減量ですね。

僕は小学生の頃から世界チャンピオンを目指していたので、引退するまでずっと一日一食で通しました。

〈尾車〉
小学校の時から目指していたんだ。すごいな。一日一食っていうといつ食べるんですか。

〈大橋〉
晩だけです。学校では給食も食べないし水も飲まないから、先生が随分心配されて親やジムに相談していました。「これは自分の夢のためにやっているんだから」と説得するのが、大変だったと言えば大変でした。

ただ最後に世界チャンピオンの座を奪われた試合の時は、何も飲んだり食べたりしていないのに直前に体重が500グラム増えていたんです。

おかしいな、なぜだろうと悩んでいたら、当時の付き人が「夜、突然起きて便所の水を飲んでいた。それはもう止められなかった」と教えてくれました。いままでそんな夢遊病のような状態になったことがなかったからすごくショックを受けて、もう限界だなと悟りました。

〈尾車〉
自分で気づかないうちに飲んでいたんですね。

〈大橋〉
ええ。試合当日にオーバーしたら失格になりますから、前日はバンテージで自分の手を縛って動かないようにして寝ました。そしてその試合を最後に引退したんです。

〈尾車〉
そうですか。プロでの通算成績はどのくらいですか。

〈大橋〉
24戦して、19勝5敗です。

〈尾車〉
ほとんど負けていないんだ。

〈大橋〉
ただ、若い頃は「ここぞ」という時に限ってなぜか負けてしまうことが多かったんです。高校2年でインターハイで優勝したのに3年生の時は連覇できなかったし、大学の時もオリンピック最終選考会でいつも勝っている相手に負けて出場できなかった。

プロになっても、いきなり連勝して「150年に一人の天才」とか持ち上げられながらも、大事な試合では負けてしまうんです。

それで、「なぜだ、なぜだ」と冷静に自己分析してみたら、負ける前はいつも監督とかジムの会長に対して不満を持っていたんです。

〈尾車〉
ああ、不満をね。

〈大橋〉
勝ち続けてくるとどうしてもうぬぼれが出てきて、自分の力で強くなったと勘違いしてしまうんですね。だから、「なんだよ、アイツ」とか「教え方が悪いんだよ」と周囲に不平不満が出てきたところで負けていることに気づいたんです。

負けるのは周囲が悪いんじゃなくて自分が悪いんだと考えを改め、周りに対して感謝を持って接すると、やっぱり自分が変わっていきました。

〈尾車〉
相撲の世界も大橋さんのようにちゃんと感謝できる人は出世します。そりゃ親方はきついことばかり言うし、お互い真剣勝負みたいな感じで稽古しているから、最初から感謝しろと言っても無理ですよ。

でも、勝っても負けても「この人のおかげでいまがある」とか「この人に付いていけば間違いない」と気持ちを上手に整理して、感謝できる子は伸びていきますよね。

尾車浩一さん

逆境と順境、人生の山坂をいかに乗り越えるか

〈大橋〉
ボクシングはまさしく殴り合いですから怪我は絶えません。もちろん僕も怪我に苦しんだことはありますが、それよりも精神的に逆境に陥ったことがあるんです。

〈尾車〉
精神的に?

〈大橋〉
ええ。プロ7戦目に韓国で世界チャンピオンに挑戦したことがあったんです。当時韓国ではボクシングがものすごい人気で、相手は国民的スーパースター。日本でいう長嶋茂雄さんのような存在だったんです。5万人収容できる会場が満席で、全員が向こうの味方なんです。

〈尾車〉
5万人全員が対戦相手の味方か。相撲界ではちょっと想像できないな。

〈大橋〉
リングまでの花道も人で埋まっているくらいで、リングに上がってもセコンドの声が全然聞こえないような状態だったんです。あの時、ボクシングやって初めて「怖い、殺されるかもしれない」と思ったんです。

結局その試合は負けたんですが、その後もリングに上がるとあの時の恐怖心がよぎって精神的に辛かったです。

〈尾車〉
格闘技で一度恐怖心を持つとなかなか払拭できないからね。どうやって克服されたんですか。

〈大橋〉
その韓国行きの飛行機の中で、ふと「昔の人が戦争に行く時はこんな気持ちだったのかな」と思ったんですね。そのことを帰ってきてから思い出して、とにかく戦争関係の本を読み漁りました。

で、読んでいくうち、確かに僕は命懸けで戦っているけれども、戦争に比べれば、ボクシングはグローブを着けて同じ体重の人と殴り合っているだけだなと思ったら、スーっと気が楽になって恐怖心を取ることができたんです。

〈尾車〉
ああ、なるほど。

〈大橋〉
それからはどんな試合でもワクワクして戦えるようになりました。3度目に世界タイトルへ挑戦した時、それまで日本人の挑戦者がタイトルマッチで21連敗していたんです。

で、僕が22敗目を喫することを仮定して、テレビ局が「なぜ日本人はここまで弱くなったのか」という特集を組もうと、ずっと追いかけてきていたんですね。誰もが僕が負けるだろうと想定しているなかでもワクワクしながらリングに上がれて、KOでチャンピオンベルトを手にすることができました。一つ山を乗り越えて、強くなれたんだと思います。

〈尾車〉
相撲は日本人同士が戦って日本人が観客だから、僕は恐怖心とかなかったけど、逆に武蔵丸とか小錦とか高見山さんとか、外国から来た力士はその時の大橋さんと同じ立場だったでしょうね。彼らはそういう逆境を撥ね退けてきたから強くなったんです。

だから逆境と順境と、どちらが自分にとってプラスかは分からないですね。

(本記事は月刊『致知』2003年9月号 特集「感動・笑・夢」から一部抜粋・編集したものです)

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◇大橋秀行(おおはし・ひでゆき)
昭和40年神奈川県生まれ。小学生の時、兄からボクシングの手ほどきを受け、中学生からジムに通う。高校時代にアマの全日本タイトルを獲得。大学時代、五輪の代表選考の試合に決勝で敗れ、プロに転向。アマ通算44勝3敗(27KO)。60年プロデビュー。その後世界タイトルに2度挑戦するも、敗退。平成2年3度目の挑戦で世界チャンピオンとなり、日本の世界挑戦連続失敗を21で止めた。6年引退。戦績は24戦19勝5敗(12KO)。同年大橋ボクシングジムを開設。

◇尾車浩一(おぐるま・こういち)
本名中山浩一。昭和32年三重県生まれ。14歳で佐渡ヶ嶽部屋に入門、46年初土俵。52年初場所入幕。53年初場所史上4番目の若さで関脇になる。左膝の故障で一時は幕下三十枚目まで転落したが、不屈の闘志で乗り越え、関脇に返り咲き、その後も怪我に悩まされながらも56年秋場所初優勝。大関に昇進。60年引退。通算成績395勝249敗。大鵬と並ぶ史上6位の幕内連続勝ち越し25場所の記録がある。62年尾車部屋を開く。

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