2020年10月31日
激戦のアメリカ大統領選が目前に迫っています。共和党のトランプ大統領が再選を果たすのか、バイデン氏率いる民主党が四年ぶりに政権を奪還するのか――。コロナ禍によって世界の政治・経済・安全保障情勢が目まぐるしく変化するいま、大統領選、そしてコロナ後の米中関係や世界情勢が辿る流れとは――。京都大学名誉教授・中西輝政氏に読み解いていただきました。
◎各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。
たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。
※動機詳細は「③HP・WEB chichiを見て」を選択ください
ポンペオ国務長官の痛烈な対中強硬演説
〈中西〉
11月3日にアメリカの大統領選挙が行われます。トランプ大統領が再選を果たすのか、民主党が四年ぶりに政権を奪還するのか、現時点ではどうなるかまだ分かりません。
私自身、トランプさんは決して好きなタイプの政治家ではありません。ただ、偶然なのか、戦略なのか、いずれにせよ「時代の流れ」という後押しを受けてのことではあるが、トランプ政権の対中外交に関する限り、決して的を外してはいないように思います。そしてアメリカ国内では民主・共和両党から超党派の支持を受けており、国際的にも大局的にも見て、米中対立の「第一ラウンド」は勝負がついてきていると感じます。
7月23日、ポンペオ国務長官がカリフォルニア州にあるニクソン大統領記念図書館で演説し、痛烈な中国批判を展開しました。2年前、米政府が中国に対し強硬な姿勢を初めて露わにした、先のペンス副大統領の演説(2018年)を彷彿させる内容でした。
そもそも演説する場所をニクソン大統領記念図書館に選んだこと自体に、強いメッセージが込められています。ニクソン大統領といえば、1972年に米大統領として初めて中国を訪問し、以来急速に米中は接近し、国交回復(1979年)へと向かいました。「アメリカはいまやその米中協調という歴史的な路線から完全に訣別する」ということを全世界に向けて宣言するために、このニクソン大統領記念図書館という場所を選んでいるのです。
ポンペオ国務長官演説の要旨は3つあります。1つは、いま申し上げた「ニクソン以来の米中接近は完全に終わった」ということを明らかにすること。2つ目は、「中国の覇権主義はイデオロギーが原因だ」ということ。中国が共産主義体制を改めなければ、米中協調はあり得ない。しかも、「習近平は破綻したはずの全体主義の信奉者だ」と中国の国家元首を名指しで罵倒しています。3つ目は、「中国を封じ込めるための主要国の新たな同盟を築く必要がある」と呼びかけていることです。
これに加えて、中国が南シナ海における領有権や海洋権益を主張しているのは「完全に違法だ」と米政府は“正式に”断言しました。さらに重要なことは、尖閣諸島についても、中国の領土要求は理に適っていない。アメリカは日本を断固として守ると表明しました。これは米外交の伝統における大きな変化だと思います。従来は「領土紛争はそれぞれの国で話し合って解決すべきだ」というのがアメリカのスタンスだったにも拘らず、「いまや中国から領土を巡って圧迫を受けている国をアメリカは断固として支援する」とかつてない強い姿勢を示したからです。
5G(第5世代移動通信システム)の問題やウイグルの人権弾圧に関しても、さらなる対中強硬策を打ってきています。これに対し、当の中国はどう動くでしょうか。
いまのところは、予て私が指摘していた通り、「韓信の股くぐり」でいまはこのアメリカの挑戦を受け流し、効果的な反撃の機会をじっと待っているような節があります。この先中国がどう出るかは大いに注視すべきです。
国際情勢に関する日本人の誤った認識
〈中西〉
現在の国際情勢に関して、日本の多くの識者が3つの誤った認識をしている、ということを最後に述べておきます。
1つは、米政府がここまで中国に強硬な姿勢を示しているのは、トランプ大統領の選挙戦略ではないかという見方です。再選を狙うトランプ大統領が、「民主党のバイデン氏は中国に融和的だ」「私はここまで強硬だ」と差別化し、票に結びつけようとしている。だからトランプ、バイデンどちらが勝っても、いまの激しい米中対立は緩和の方向に動くだろう、という見方がメディアなどで唱えられています。確かに多少そういう動きはあるかもしれませんが、これは大筋では間違っていると思います。
アメリカの議会や新聞などのニュースを見ていると、どうも対中強硬路線は「オールアメリカ」、つまりアメリカがワンチームになって中国に対峙する動きになってきています。仮にバイデン氏が勝利し民主党政権になったとしても、多少ニュアンスが変わることこそあれ、基本的な対中強硬姿勢は続いていくでしょう。
2つ目は、「ドイツをはじめとしてヨーロッパは未だに親中派が強い」という見方です。確かにイギリスはファーウェイを全面排除したけれども、ドイツやフランス、イタリアは中国からの投資をまだ楽しみに待っている。こういう声は日本の政府やメディア、専門家の中にもあります。確かにドイツをはじめとするEU(欧州連合)の中国市場への依存度はアメリカよりもずっと高い。しかし、この見方も間違っています。今年の春から夏にかけて随分変わりました。
その理由は言うまでもなくコロナ禍と香港です。世界各国が感染拡大で苦しんでいる時に、マスク外交を展開する。あるいは、医療器具を買い占め、それを無償で配布し、恩を売る。しかもそれには不良品も多い。「中国はなんてことをやるんだ」と悪評を植えつけています。そして香港の「一国二制度」を中国が踏みにじったことへの欧州の幻滅は、アメリカ以上に大きいところがあります。
ドイツの外務大臣で、将来の首相候補の一人と目されているハイコ・マース氏は「中国の側から物を言う。そういう姿勢は(もはや)支持を得られない。ドイツは自由と人権を重視する。そういう国の側に立つのか、それともその選択を避け続けるのか。答えはもう明らかだ」と言い放ちました。メルケル首相でさえ「中国とのパイプを断ち切ってはならない」と発言してはいるものの、この数か月で対中姿勢を相当変えています。
イタリアは新型コロナウイルスの感染者が特に多く、大きな被害を受けました。だから、当面の経済回復には中国の力を頼るしかないのではないか、という議論はイタリア国内で確かにまだあります。しかし、7月21日にEU首脳は新型コロナウイルス対策として、7,500億ユーロ(約92兆円)もの規模から成る復興基金案に合意しました。
これ以上中国やロシアの好き勝手にさせてはならないという危機感のもと、あの倹約志向のドイツが自ら借金を被ってイタリアやスペインを救おうと立ち上がったのです。これはEUの歴史において画期的なことです。差し当たってイタリアやスペインもEU結束のためにも、中国やロシアに対しては距離を置かなければいけないことに気がついたのでしょう。それはまた、欧州統合史上の歴史的な変化に他なりません。(後略)
(本記事は月刊『致知』2020年10月号 連載「時流を読む」から抜粋・編集したものです) ◎各界一流プロフェッショナルの珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。 たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。 ≪「あなたの人間力を高める人間力メルマガ」の登録はこちら≫
※購読動機は「③HP・WEB chichiを見て」を選択ください
◇中西輝政(なかにし・てるまさ)
昭和22年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。英国ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。京都大学助手、三重大学助教授、米国スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授を経て、京都大学大学院教授。平成24年退官。専攻は国際政治学、国際関係史、文明史。著書に『国民の覚悟』『賢国への道』(共に致知出版社)『国民の文明史』(PHP文庫)『日本人として知っておきたい世界史の教訓』(育鵬社)など多数。