【岸良裕司×横田尚哉】 事業を再生するために大切な「利他」と「効用」の話

固定観念を覆す手法を用い、公共事業に改革を起こしてきた二人の人物がいます。全国の建設現場の工期を短縮し、大幅に利益を上げる仕組みをつくり出した岸良裕司さん(写真左)。10年間で2,000億円分のコスト削減を実現した横田尚哉さん(写真右)。「税金の無駄遣い」などと槍玉にあげられ、モチベーションが低下した現場作業員の心を、二人はいかに鼓舞し、成果へと結びつけてきたのか。『致知』2010年6月号ではその実践の一端と共に、改革の根底に据えた「利他」「効用(ファンクション)」の考え方について語り合っていただきました。

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そこにいる人たちの能力がダメなわけじゃない

〈横田〉
岸良(きしら)さんは元々、公共事業との関わりがあったのですか?

〈岸良〉
それがつい最近までは完全に真っ白な状態だったんです(笑)。

私自身は稲盛さんの理念に共鳴して昭和59年に京セラに入社したんですが、社長時代ですから途轍(とてつ)もなくギラギラされていましてね。私はその稲盛さんがつくられた王道であり、本筋とも言うべき事業本部に配属となりました。

入ってみると想像以上に素晴らしい会社だと感じたんですが、やはりどこの会社にも問題はあるわけです。その時に私は、自分がなぜこの会社に入ったのかなと考えてみたんです。

もし自分が稲盛さんだったら、なぜ新しい社員を雇うんだろう? きっと何か問題があって困っているとか、いままでできなかったことをやってくれる、と期待するからじゃないだろうか。

そこで元来、無謀な私は、会社の問題が何かあったら、「やらせてほしい!」と、とにかく手を挙げていったんです(笑)。

例えば過去5年間シェアがゼロの会社を集めてなんとかしろと指示が出る。その時に自分がやらせていただくとうまくいくんですよ。

〈横田〉
ちゃんと結果を出された。

〈岸良〉
でもそうなるのは当たり前なんです。よく考えてみたら、それまでは部門間の壁があって、全社の力を使って仕事をしていなかった。私は部署を超えていろんな人に助けてもらったりしながら仕事をするから、やっぱり成果が出る。で、その最中におもしろいことに気づいたんです。

私はたいていの業績の悪い事業部に行って改革をしてきたんですが、本当はそこにいる人たちの能力がダメなわけじゃないんですよ。話をよく聞いてみると、ちゃんといいことをやっている。ところが、悪い部分ばかりに目を向けて、うわべのことばっかりを直そうとしているんです。

〈横田〉
問題の本質が理解されていないのですね。

〈岸良〉
でも、お客様が製品を買われるということは、必ず何かしら理由がある。その理由をちゃんと見つけてあげて、そこをよくすると、業績って伸びるんです。

仕事の本当の意義を思い出せ

〈岸良〉
そんな時、テレビ番組で公共事業の問題が討論されていて、財部(たからべ)誠一さんがこうおっしゃったんです。「公共事業そのものが悪いんじゃなく、それを取り巻く何かが悪いんだ」と。

あっ、そうか。京セラで自分がやってきた時もそうだった。その本人たちは真面目で、優秀なのに、芳しい結果が出ないのは、その前提条件が何か間違っているのではないか。そう気づいた時に、もしかしたらこの状況を変えられるかもしれない、と思ったんですね。

ちょうどそんな時にヘッドハンティングのお話をいただいたんですが、そこがたまたま公共事業関係のソフトウェアを開発する会社だったものですから、もうちょっと広く世の中に貢献できるんじゃないかと思いまして。それで突然、バンジージャンプをしてしまったというわけです(笑)。

  〔中略〕

転職したのは赤字に苦しむソフトウェアの開発会社ですが、ただソフトを売るだけでは利益は出せません。そこで私は現場に出掛け、工期を短縮することによって利益を出そうと考えたんです。

やってみると、最初にやった工事で、6か月予定だった工期を2か月に短縮したんです。利益もかつてないほど大幅に上がりました。

〈横田〉
改革のポイントは、なんだったんですか?

〈岸良〉
やっぱり、人間の心なんでしょうね。公共事業はよくバッシングを受けるから、自分たちがあたかも悪いことをやっていると思い込みがちなんですが、いまの仕事にはこんなに大切なミッションがあったんだと気づかせてあげる。

その工事は、台風対策のためにやるものでした。だから台風の前に終わるほうがいい。そうすれば洪水が防げるし、人の命を救えることもある。さらに工期を早めることで出た利益のおかげで、税収が増えるんだ、という話をする。

おい、俺たち、もの凄くいいことやってないか、と。そう思った瞬間、人間の心ってガラッと変わるんですよね。

そもそも公共事業って、命懸けの現場じゃないですか。下手すると人が死にますよね?

〈横田〉
そうですねぇ。

〈岸良〉
人の命に関わるような厳しい環境で仕事をしているから、現場にはいろんな知恵があるんです。その知恵を、京セラで教えていただいた様々な知恵と繋げることで、稲盛さんの言われる「利他の心」の言葉の意味を、より深く理解できるようになりました。

いまの工事の話にしても、地域のためにやるんだと、一人ひとりが利他の心を持った瞬間に燃え上がったんですよ。そしてミッションが明確になって、結果的に大幅な利益を出した。

〈横田〉
私自身もそれとよく似た体験をたくさんしています。

私がVE(バリュー・エンジニアリング)を導入するかどうかの提案に行く時にも、まず「公共事業ってなんでしょう?」と岸良さんと同じような質問をするんです。私たちの目的は橋を造って住民に提供することでしょうか。もしそれを公共事業だと思っている人がいたらまったくの間違いです、と。

私たちは橋を提供しているのではありません。橋を造ったことによって導き出される「効用」「役割」を提供しているんです。だから、その人たちがどういう効用を欲しがっているのかを考えて、アプローチしていくことが公共事業なんですよ。そう説明すれば、必ず納得していただけます。

「そうだった」と。でも橋を造ったかどうか、道を造ったかどうかといったことばかりが議論されているから、それが自分の仕事だと思い込んでしまっているんですね。

だったら、何のために橋を架けるんですか、ということをまず決めましょう。そのために最適最短な手段を考えましょう、と。もし向こう岸へ渡るためだけであれば、橋である必要はないかもしれない。物は何でもいいですよね。効用が手に入ったらいいんですよね、と言って話を進めていく。

だから私は100億円の公共事業を、たった4日間で60億円にまでコスト削減できるんです。それを聞いた人は、さぞ悪いことをしているんだろうと言われるんですが、全然そんなことはない。果たす役割は同じで、私は「手段」を変えただけです。

〈岸良〉
誰も困る人はいませんね。

  〔中略〕

〈横田〉
例えば、ここにあるコップが売られていたとします。買う人はこのコップという「形」が欲しかったんでしょうか。違います。「水を入れる」という効用が欲しかったわけですね。

だからこのコップに穴が開いていたら効用はない。持ちにくいコップ、飲みにくいコップ、そんなものじゃなくて「効用」で考えていけば、いろんな製品の改善に繋がるだろう。

形に拠ってしまっていたものをファンクションに戻す。そうやって要らないファンクションを切り捨てていくことによって、無駄なものが取り除かれるんです。

〈岸良〉
横田さんがいまおっしゃっているのは、物事のうわべではなく、本質に目を向けろ、ということですよね。コップはただコップだと言うのではなしに、コップの機能はなんなのか、本質はなんなのかをちゃんと捉えなさい、と。

〈横田〉
まさしくそうです。

〈岸良〉
たぶん人間って、昨日ときょうと同じ仕事の仕方をするんだと思うんです。いままでうまくいっていたからと考えていつの間にかパターンをつくる。そのうちに何も考えなくなってしまうんです。

横田さんがやられているのは、既成概念を捨て、少し立ち止まって本質は何かを考えるということ。人間は、考える時と考えない時とであれば、考えた時のほうが絶対にいい仕事をすると思うんです。

で、一番考える時はいつかと言えば、うまくいっていない時なんですよ。松下幸之助さんが「好況よし、不況さらによし」、稲盛さんが「不況こそ最大のチャンスだ」と言われるのは、そういう意味なのだと思います。


(本記事は『致知』2010年6月号 特集「知識・見識・胆識」の対談「公共事業再生の知恵」より一部を抜粋・再編集したものです)


◇追悼アーカイブ
稲盛和夫さんが月刊『致知』へ寄せてくださったメッセージ

「致知出版社の前途を祝して」
平成4年(1992)年

 昨今、日本企業の行動が世界に及ぼす影響というものが、従来とちがって格段に大きくなってきました。日本の経営者の責任が、今日では地球大に大きくなっているのです。

 このような環境のなかで正しい判断をしていくには、経営者自身の心を磨き、精神を高めるよう努力する以外に道はありません。人生の成功不成功のみならず、経営の成功不成功を決めるものも人の心です。

 私は、京セラ創業直後から人の心が経営を決めることに気づき、それ以来、心をベースとした経営を実行してきました。経営者の日々の判断が、企業の性格を決定していきますし、経営者の判断が社員の心の動きを方向づけ、社員の心の集合が会社の雰囲気、社風を決めていきます。

 このように過去の経営判断が積み重なって、現在の会社の状態ができあがっていくのです。そして、経営判断の最後のより所になるのは経営者自身の心であることは、経営者なら皆痛切に感じていることです。

 我が国に有力な経営誌は数々ありますが、その中でも、人の心に焦点をあてた編集方針を貫いておられる『致知』は際だっています。日本経済の発展、時代の変化と共に、『致知』の存在はますます重要になるでしょう。創刊満14年を迎えられる貴誌の新生スタートを祝し、今後ますます発展されますよう祈念申し上げます。

――稲盛和夫

〈全文〉稲盛和夫氏と『致知』——貴重なメッセージを振り返る

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◇岸良裕司(きしら・ゆうじ)
昭和34年埼玉県生まれ。59年東京外国語大学卒業後、京セラ入社。平成15年ヘッドハンティングされ、ビーイングに入社。平成18年に発表された論文「三方良しの公共事業改革」が19年国土交通省の政策として正式に採用される。20年より現職。『「よかれ」の思い込みが、会社をダメにする』『全体最適の問題解決入門』(ともにダイヤモンド社)『三方良しの公共事業改革(中経出版)』など著書多数。

◇横田尚哉(よこた・ひさや)
昭和39年京都府生まれ。62年立命館大学卒業後、パシフィックコンサルタンツ入社。GE(ゼネラル・エレクトリック)の改善手法をアレンジして10年間で総額1兆円分の公共事業の改善に乗り出し、コスト縮減総額2,000億円を実現。10年ファンクショナル・アプローチ研究所を設立。著書に『ワンランク上の問題解決の技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。

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