売られていく日本の資産を守れ!——国際ジャーナリスト・堤未果が問う〝民営化〟問題

2018年7月、水道事業の運営権を民間に委託する「コンセッション方式」の導入が盛り込まれた「水道法改正案」が可決されました。水道、電気、福祉など、従来は公共が担ってきた様々なサービスが市場開放される時代の潮流の中で、私たちは民営化に伴うデメリットもしっかりと見つめなければなりません。国際ジャーナリストの堤未果さんに、海外の事例を交えながら、民営化の問題点について語っていただきました。

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ビジネス化する日本の水道事業

〈堤〉
森、海、水、食、土地、介護、医療、労働……私たちの生活に欠かせない大切なものに、いま次々と値札がつけられて、外資や民間企業に売られていることに、一体どれだけの人が気づいているでしょうか。こうした動きは、トランプ大統領の発言や北朝鮮の核開発など、絶え間なく届けられる派手なニュースに掻き消され、日常の中で見えなくなっているのです。

中でも一番身近で分かりやすい事例は「水道事業の民営化」でしょう。日本のように、蛇口を捻ればいつでもどこでも安価で綺麗な水が飲める国は、世界でも数えるほどしかありません。その恵まれた環境に気づいている人は、ほとんどいないのではないでしょうか。

一方、世界では年々枯渇してゆく水に高額の値札がつけられ、80年代から企業や銀行、投資家たちがビジネスとして目をつけていました。水道ビジネスの波は、アフリカなどの新興国から次第に先進国まで広がり、遂に日本にまでやってきたのです。

2018年7月、水道事業の運営権を民間に売却する「コンセッション方式」の導入が盛り込まれた「水道法改正案」が可決されました。審議時間は委員会で9時間、本会議では僅か2日という短さです。しかもライフライン売却を推進する重大法案なのに、国民の大半は気づきもしなかった。なぜでしょう? その日、日本中のマスコミは、一斉にオウム真理教の麻原彰晃と幹部7人の死刑執行の話題を流していたからです。

この法改正は「民営化の義務化」ではなく、水道運営権を売却する地方自治体に債務返済時の利子免除という特典を与え、民営化を促すものです。現在のような水道事業の一部委託の代わりに運営権ごと売却すれば、借金も減るし、企業の技術力を使って耐用年数を過ぎた水道管修復もできるといわれています。ではデメリットは何でしょう?

まず水道は電気と同じ原価総括方式ですから、経営にかかる経費はすべて料金に上乗せできる。その結果、ほとんどのケースで水道料金は上がります。たとえ市議会で上限をつけても、電気と違い各地域を1本の水道管が通る水道は独占市場ですから、自治体に料金値上げを拒否する選択肢はないでしょう。人件費削減で水質が悪化しても、財政の中身を「企業秘密」と言われても、行政に対する情報公開請求さえ、企業相手では徹底できません。

実際、海外では、水道民営化によるこうしたトラブルが続出しています。97年に水道事業の運営権を企業に売った米国ジョージア州アトランタ市では、毎年水道料金が上がることに加え、「濁った水が出る」という苦情が相次いだ結果、20年の契約を僅か四年で解約し、再び公営に戻しています。水道事業の株式を買い戻すための資金や巨額の損害賠償には、すべて市民の税金が使われました。

日本の場合、最も懸念されるのが有事の際の対応でしょう。

一昨年、台風による高潮で浸水した関西空港を覚えていますか? 日仏合弁会社に売却され、2016年に民営化された関西空港は、コストがかかる防災投資を十分しなかったために浸水後の対応が遅れ、大きな被害を出しました。

有事の際に被災者に水を供給する義務を企業に課す法律はありません。採算を度外視しても国民の安全と生命を守るという公共意識を、民間企業にどこまで期待できるでしょうか?

こうした様々な問題があるにも拘らず、2017年には静岡県浜松市が国内で初めて下水道の長期運営権をフランスのヴェオリア社に売却して20年契約を結び、熊本県合志市や栃木県小山市も後に続いています。大阪や奈良も手を挙げており、民営化の流れは今後全国に広がっていくでしょう。

自然災害大国の日本で、ライフラインの民営化を本当に進めてよいのか。国民一人ひとりが真剣に考え、声を上げねばなりません。

漁業権の民営化は安全保障に直結する

〈堤〉
水道事業と同様に、日本の「漁業権」も民営化されようとしています。これまでは、海洋資源の乱獲や海の汚染を防ぐために、漁業協同組合(漁協)が一定のルールを定め、組合員に漁業権を割り当てる形で漁を行ってきました。

しかし、先の東日本大震災の際、宮城県では復興の名の下に漁業関係者の反対を押し切って、日本初の水産特区を導入。漁業権を企業に渡し、漁業の株式会社化を推進しています。

その結果、参入した合同会社の社員となった漁業者の手取りは社外漁業者に比べ大幅に低下、事業は赤字になりました。さらに、地域の漁業関係者で取り決めた出荷日前に出荷したり、他県の牡蠣を宮城産として売るなど、県のブランドを傷つける身勝手な行動が繰り返されたのです。

そもそも企業が守るのは、海でも地元でもなく株主だということに気づかなければなりません。

かつて、大分県と高知県でハマチ養殖に参入したノルウェー企業は、5年連続赤字を出して突如撤退。雇われていた地元漁業者は設備投資分の借金を抱え、多くが廃業しました。企業が自己都合で撤退し地方経済が崩れても、誰も責任を取ってくれないのです。

四方を海に囲まれている日本にとって、漁業権を外資や民間企業に開放することはさらなるリスクをもたらします。

漁業活動を名目に、海外の船が自由に日本の領海に入ってこられてしまう。中国船が尖閣諸島にやってくる度に大騒ぎする人たちが、なぜ漁業権を外資や民間企業に売ることを問題視しないのでしょう?

欧州の国々はこうした問題について非常にシビアです。彼らが国家予算を投じて自国の農業・農家を手厚く支援するのは、土地や食を守ることは安全保障の問題だと考えているからです。日本も目先の短期的利益ではなく、100年先までの長期スパンと、国境の先まで広く見据えた国づくりをしていかなくてはなりません。


(本記事は月刊『致知』2019年6月号 連載「意見・判断」から一部を抜粋・編集したものです)

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◇堤 未果(つつみ・みか)
東京都生まれ。NY州立大学国際関係論学科卒業。同大学大学院国際関係論学科修士課程修了。国連、アムネスティ・インターナショナルNY支局員、米国野村證券を経て現職。平成18年黒木清・日本ジャーナリスト会議新人賞受賞。平成19年中央公論新書大賞受賞。平成19年日本エッセイストクラブ賞受賞。『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)『日本が売られる』(幻冬舎新書)など著書多数。

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