猫一匹まともに描けない……名声を確立した85歳の葛飾北斎が、娘の前で涙した理由

江戸時代を駆け抜けた稀代の絵師・葛飾北斎。2020年で生誕260年を迎え、国内のみならず海外からの視線もにわかに熱を帯びています。「冨嶽(ふがく)三十六景」など印象的な絵画をいくつも遺した北斎ですが、一生のうちに何度も画号を改め、最期まで創作意欲の衰えを見せない人物だったことはあまり知られていないのはないでしょうか。
独自の視点から北斎の研究を続ける「すみだ北斎美術館」(東京都墨田区)館長の橋本光明さんに、絵師・葛飾北斎がいかに形づくられ、終生何を求め続けた人物であったのかを、晩年の逸話を交えてお話しいただきました。

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何歳になっても「子供心」を失わない

〈橋本〉
北斎は江戸中期の1760年、江戸本所割(ほんじょわり)下水の川村家の子として生まれました。幼名は時太郞(後に鉄蔵)。六歳の頃から好んで絵を描き始め、12歳頃には貸本屋の徒弟となり、版木(はんぎ)彫りの仕事もしています。

私は小学校教育に携わった体験から、幼少期の経験が北斎の絵師としての基礎を築いたと見ています。脳生理学者の大島清氏が「人間の脳は10歳までにほぼできあがる」と語られているように、幼い頃から絵やデザインに親しんで育ったことが、北斎の芸術の下地となったことは確かだと思います。

絵師を志した北斎は1778年、浮世絵師・勝川春章(しゅんしょう)に弟子入り。以来、勝川派を離れるまでの約16年間、春章の様式に倣った役者絵や黄表紙の挿絵などを描く傍ら、子供絵、おもちゃ絵、武者絵、角力(すもう)絵、宗教画など幅広い題材の作品も発表しています。

勝川派を去った後は、宗理(そうり)という画号で多くの摺物や狂歌絵本の挿絵を描き、文化年間(1804~1818年)に入ると、読本挿絵の制作を精力的に取り組むようになります。「葛飾北斎」の画号が登場するのもこの時期です。

* * *

やがて北斎の名は全国に知られるようになりますが、北斎は絵を学びたい人のための絵手本の制作にも力を入れ、「ホクサイ・スケッチ」で知られる『北斎漫画』はその中で生まれました。

漫画は、動画やカリカチュアの意味ではなく、森羅万象(しんらばんしょう)を描いた漫筆(まんぴつ)であり、絵を習うための手本のことです。北斎は、優れた教師であると言われ、この面からも私の研究に欠かせない人物と言えます。

北斎の人生で注目されるのは、年齢を経るほどに創作意欲が旺盛になっていくことです。

「冨嶽三十六景」をはじめとする風景版画や、花鳥画など有名な錦絵の名作を制作したのは実に70歳を過ぎてからです。それまで浮世絵には風景画のジャンルはありませんでした。「冨嶽三十六景」によって浮世絵としての風景画を確立したのは、北斎の偉大な業績です。

この時期の北斎は、版画技法を用いず絵師が自筆で描いた肉筆画に傾倒し、題材も風俗画から和漢の故事をモチーフとした作品、さらに宗教画等へと大きく変化しました。絵を描く人たちのために作画技法や絵の具の調合法を記した絵手本なども刊行しています。

1849年春、病を得た北斎は90年の生涯を閉じますが、北斎の絵に向き合う姿勢を非常によく表しているのが、75歳の時に、『富嶽百景』を刊行するに当たってしたためた次の一文です。

「己(おのれ)六才より物の形状を写(うつす)の癖ありて、半百(50歳)の此より数々(しばしば)画図を顕(あらわ)すといえども七十年前画く所は実に取(とる)に足(たる)ものなし。七十三才にして稍(やや)禽獣虫魚 (きんじゅうちゅうぎょ)の骨格草木の出生を悟し得たり 故に八十六才にしては益々進み 九十才にして猶(なお)其(その)奥意を極め一百歳にして正に神妙ならん歟(か) 百有十歳にしては一点一格にして生(いけ)るがごとくならん 願わくば長寿の君子予が言の妄(もう)ならざるを見たまふべし」

73歳でようやく鳥や虫が描けるようになった。86歳、90歳、100歳と研鑽を重ね、百数十歳まで努力すれば生きているような絵が描けるだろう――。この言葉から、生涯を通じ絵の道を極めていこうという北斎の並々ならぬ情熱と気概が伝わってきます。

* * *

また、北斎は既に名声を確立していた85歳の時、

「猫一匹まともに画けない」

と娘の前で涙を流したとされています。

何歳になっても、もっとうまくなりたい、自分はまだまだだと決して満足しない。70、80歳を越えてもなお、子供の頃の純粋さ、天真爛漫(てんしんらんまん)さ、青春時代の鮮やかな感覚を終生抱いて自らの道を歩み続ける。

それが北斎の生涯であり、人間が何歳になっても成長し続け、いきいきと生きていく秘訣ではないかと思うのです。

“人生百年時代”のいまだからこそ、そうした北斎の生き方に学ばなければなりません。

(本記事は『致知』2020年10月号 特集「人生は常にこれから」より記事の一部を抜粋・再編集したものです)

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◇橋本光明(はしもと・みつあき)
昭和20年東京都生まれ。千葉大学教育学部卒業後、同大学教育学部附属小学校教諭、同大学教育学部講師併任、筑波大学附属小学校教諭、信州大学教授、同大学教育学部附属長野中学校校長などを歴任。現在名誉教授。長野県信濃美術館・東山魁夷館館長などを務める。

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