描かれた人が人生を見つめ直す「似顔絵セラピー」。村岡ケンイチさんの絵はなぜ、人を感動させるのか

イラストレーター、村岡ケンイチさん。病院や介護施設の一室で、その絵筆が描き出す似顔絵の「モデル」になった人の多くは、自分が描かれたそのキャンバスを見た瞬間思わず頬が緩み、あるいは目から涙をこぼすといいます。2006年からこの〝似顔絵セラピー〟を開始した村岡さんは、どのように自分独自の表現に辿り着き、またいかにして人の心を癒やしているのか。その活動の原点と軌跡に迫ります。

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「記憶の財産」を探り当てる試み

〈村岡〉
「お若い頃はどんなお仕事をされていたんですか? えっ、あの瀬戸大橋の建設に携わられた。すごいですね!!」

似顔絵のモデルとなる闘病中の高齢男性は、僕がiPadですかさず検索した瀬戸大橋の写真を見るなり、「何でこれが見られるんだい!」と驚き、やがて懐かしむように当時を語ってくださいました。

その表情をつぶさに観察しながら絵筆を動かすこと30分。描き上げた似顔絵をお見せした瞬間、男性の顔にふわっと優しい笑みがこぼれ、病室の空気が明るくなりました。「似顔絵セラピー」をしていて喜びを感じる瞬間です。

緩和ケア病棟や老人ホーム等の医療・介護施設を中心に、24歳でこの活動を始めて約15年が経ちます。

「ケンイチさんに描いてもらってよかった」と涙される方もいらっしゃいますが、僕は相手のいまのお顔を見るだけでなく、冒頭のように人生の歩みにも思いを馳せて似顔絵を描きます。

対話の中で目の動きや眉の向きに如実に表れる感情の変化を見逃さず、その方が思わず笑顔になるような記憶の財産を探り当て、余すところなく描き込んでいくのです。

もちろん相手により事情は様々で、難しい依頼も多く寄せられます。ある緩和ケア病棟でセラピーを行った時のことです。僕が病室へ入ると、30代半ばの女性はベッドに座ったまま窓の外を見つめ、振り向こうともしません。とてもセラピーができる状態ではありませんでした。

事前に聞いた話では余命が迫るほどの病で心を閉ざし、心理士もどう対応すべきか決めかねる状況で、僕に白羽の矢が立ったようでした。

似顔絵セラピーは医師の治療とは違い、アートの力で癒やしを与えるものです。目的はあくまで患者のケアで、無理に会話するよりも適切な「間」を取ることが大事になります。

病室をゆっくり見渡し、壁に貼られた犬の写真から慎重に話を広げていきました。子供のこと、家族のこと……彼女は口を開き、話題は少しずつ旦那さんのことに移りました。

時間が迫る中、最後に旦那さんの写真が見たいと伝えると、思いがけず「いいですよ」の返事。携帯の画面に映る家族との思い出を伺いながら、旦那さんとお子さん二人が彼女と一緒にいる絵を描き上げてみせた時、彼女はにっこりと笑顔を浮かべました。

ただ顔写真を見て描いたのではこうはいきません。表情を生で観察しながら記憶を辿ってこそ、描かれた人が感動する似顔絵になるのです。

「村岡君のおかげで病室が一瞬温かくなった」

僕が病院で似顔絵を描き始めた大きな理由もここにあります。大学2年次のオープンキャンパスで似顔絵のブースを担当し、初対面の方とも即座に打ち解けられる似顔絵の魅力に取り憑かれました。

卒業後、東京の似顔絵制作会社に就職し、3年目を迎えた頃です。地元広島のデザイン事務所で出逢ったホスピタルアートのディレクター・稲田恵子先生が、

「病院で似顔絵を描いてみない?」

と県立広島病院緩和ケアセンターの本家好文先生を紹介くださり、院内ボランティアとして似顔絵を描くことになったのです。

初めてのセラピーはいまも忘れません。案内された緩和ケア病棟の一室に、最期を待つ患者さんが続々と運ばれてきます。表情が虚ろな方も多く、体勢がもつ時間として1人15分の制限を与えられると、体に緊張が走りました。

想像以上に会話は弾まず、付き添いの患者会の方や看護師さんの協力を得て、震える手を無我夢中で動かしました。

笑顔が覗く瞬間もあったものの反応は薄く、終了後、本家先生に「ダメでした」と漏らしました。ところが、先生は

「村岡君のおかげで病室が一瞬温かくなった。応援するから頑張ってよ」

と、活動を後押ししてくださったのです。

どうすれば子どもたちの笑顔を引き出せるか

その約1年後、本格的に活動すべく独立するも、僕のような絵描きを迎え入れてくれる病院はごく僅かでした。

活動の実績をつくるため、論文を書いて医学会で発表するよう本家先生に勧められましたが、医学については門外漢な上、地方での学会に出席するには何万円と旅費が掛かります。

日々出費が嵩む中、先生の丁寧な論文指導や学会参加費の援助等の支えがあり、学会へ継続的に出席しながら論文を発表できたのです。

2009年、POMSというアンケート式の心理効果測定システムを愛知県の海南病院で教えていただき、患者さんらを対象に実施。「怒り」「疲労」「抑うつ」など6項目が概ね改善されたため、院の先生方と共同で論文をまとめたところ、日本農村医学会で晴れて似顔絵がセラピーとして認定されることになりました。

 * * * * *

活動の中で大事にしてきたのは相手の人生を「全肯定」することです。

初めは患者さんさえ笑顔になればよいと考えていました。しかしたとえ対話を拒絶されても決して感情的にならず、背景にまで寄り添い真剣に肯定的に描く。

そうして描かれた似顔絵が目に入った瞬間、患者さんはふと自分の姿を見つめ直し、看護師さんたちへの接し方をも変えていきます。似顔絵がコミュニケーションを活発にし、患者さん自身が医療関係者の薬、癒やしとなっていくのです。描いたことがすべて返ってくる。僕は、似顔絵を〝鏡〟だと思っています。

コロナ禍の現在、これまでお世話になってきた医療関係者の方々が感染症対策に神経を尖らせています。

彼らを対象としたリモートでの似顔絵セラピーもすぐさま始めましたが、そうした恩返しも含め、アートの力で人を癒やしていくべく、今後も一層真剣に似顔絵と向き合っていきます。


(本記事は『致知』2020年8月号 連載「致知随想」より一部を抜粋・再編集したものです)

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◇村岡ケンイチ(むらおか・けんいち)
似顔絵セラピー代表
1982年、広島県生まれ。東京都在住。2004年名古屋芸術大学イラストレーション科を卒業後、上京する。2006年に県立広島病院にて「似顔絵セラピー」を発表し、似顔絵セラピストとして医療施設・介護施設を中心に似顔絵を通して「笑い」を提供する活動を開始する。2012年、似顔絵セラピーの効果が、医学論文として日本農村医学会雑誌「第60巻 第4号」に掲載。日米韓の三か国で行われた似顔絵国際大会・白黒部門4 連続優勝。現在は東京都・広島県・山口県岩国市を拠点に活動している。

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