人は誰しも、最期は〝最強の教師〟になる。日本初の開業看護師・村松静子さんが辿り着いた答え

日本で初めて看護師として「独立開業」を果たし、在宅看護という道なき道を切り開いてきた村松静子さん(在宅看護研究センターLLP代表)。これまで数千人に上る依頼者の生と死に向き合い続ける中で、2011年にフローレンス・ナイチンゲール記章を受章されました。印象的だった看取りの一つに、脚本家・市川森一さんとの思い出があると語る村松さんのお話に、幸せな最期を迎えるヒントを学びます。

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市川森一先生、その穏やかな最期

〈村松〉
ご家族に囲まれ、ご自宅で穏やかな最期を迎えられたのが脚本家で劇作家の市川森一先生です。

検査でがんが見つかり、余命を告げられた市川先生は、試験外泊をした後、本人の希望でそのまま退院し自宅療養を選ばれていました。既にケアマネジャーさんなどの在宅関係者が関わっていたのですが、遠藤周作先生のご縁で私の元にもご相談があったのです。

ご自宅に駆けつけると、奥様が玄関で出迎えてくださり、「私が看取ると約束しているのです。看取れるようにしていただきたいのです」と咄嗟に発せられました。

そして、書斎のリクライニングチェアで酸素マスクをつけて横になっている市川先生ご本人とお会いしました。顔色や汗の出方などを観察すると、薬を服用したばかりのようでしたが、あまり時間がないかもしれないと思いました。

それでも、声を掛けながら汗だくのお顔と上半身を熱い湯を絞ったタオルでさっと拭いて声を掛けると、僅かに頷いてくださったのです。

その間にベッドを整え、家の中にいた女性5人がかりで市川先生を書斎から寝室に移動、秘書さんに希望なさっていたという音楽を流しました。すると市川先生の目がしっかり開き、輝き始めました。

その時、「お目覚めですね。遠藤先生にお世話になった村松です。今度サインをお願いしまーす!」と片手を挙げると、市川先生はにやっと笑われ、お口の動きから「ありがとう」と伝えてくださっていることが分かりました。

同時に

「自分の意思で逝きたい」

という市川先生の強い思いを感じました。

最期を迎える数十分前には、好きだったコーヒーを奥様が一口吸いのみで運び、二人きりの時間を過ごされました。亡くなる直前には、嫌がっていた酸素マスクもご自身の意思によって外してあげ、奥様と娘さんの

「あなた、ありがとう」「言われた通りちゃんとやるからね」の言葉を耳にしながら、市川先生は穏やかに逝かれました。本当に自分の生き方を貫いた、幸せそうな最期でした。

自分らしく逝く「自主逝」のすすめ

2011年には、よりよい在宅看護を求めて認定協会を立ち上げ、「メッセンジャーナース」の取り組みも始めました。

自分の意思が周囲にうまく伝わらない患者さんの代わりに、医師やケアマネジャー、在宅医などと連携し、ご本人の希望を叶えるために動くのがメッセンジャーナースです。この活動は、いまでは36都道府県に広がり、約130名のメッセンジャーナースが患者さんと医療関係者の懸け橋となっています。

そして、これまでの在宅看護の体験から浮かんできたのが「自主逝(じしゅせい)」という言葉です。

これは私の造語ですが、誰かの指示ではなく自分の意思で死と向き合い、最期まで自分で行動しながら逝くことを意味しています。人は皆「死」というものに直面した時、それまで経験したことのないやり切れなさや孤独感を味わい、感情のコントロールができなくなります。

しかし最期に辿り着く答えは共通しています。「せめて最期は私らしく逝きたい」ということです。

ただ、自分の希望を叶えて逝くことができる人は、ほんの僅かなのがいまの日本の現実です。

確かに医学は進歩しましたが、命を引き延ばすだけで、かえって本人や家族の苦しみを募らせてしまうことがあります。「最期は家で」と願っていたのに、治療効果を期待してその時期を逃してしまうこともあります。それを当たり前として受け入れてしまっては、決して自分らしい逝き方はできません。

この21世紀は、誰かに従ったり、管理されて生きるのではなく、一人ひとりが自分自身で人生を選択し、楽しみ、努力し、死とも向き合い、最期まで自分らしく生きていく時代なのではないでしょうか。

ですから、最期を迎える時に自分はどのような場所で逝きたいのか、誰に傍にいてほしいのか、元気なうちからイメージし、家族ともしっかり話し合っていてほしいのです。人生の最期まで自分らしく生きられるかどうかは、病気の種類や程度ではなく、その人の意思次第なのです。

私はこれまで50年、看護の道一筋に歩んできましたが、不思議と苦しかった、大変だったという記憶はありません。むしろ、年月を経る毎に、苦労を忘れるくらい看護という仕事の使命感、醍醐味を実感し、さらにそれを多くの人に知ってもらいたいという思いが強まっています。

やはり、人は自分の信じる道を歩み、精進し続けることで、自分らしい満ち足りた人生を送ることができるのです。

最期を迎える時には、誰もが最強の教師になります。これまで何を考え、何を大切にしてきたのかを、私たちに伝えようとするからです。

そうした様々な最期の言葉に触れることで、私は本当の看護はどうあるべきかをずっと模索し続けてきたように思います。

心とこころ、心と技に重きを置く私の看護師としての実践と精進は、看護の道を歩んでいる限り、これからも終わることはありません。


(本記事は『致知』2019年12月号 特集「精進する」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇村松静子(むらまつ・せいこ)
1947年秋田県生まれ。日本赤十字中央女子短期大学卒業。厚生省看護研修研究センター、明星大学人文学部心理教育学科を経て、筑波大学大学院修士課程教育研究科カウンセリング専攻修了。日本赤十字社医療センターのICU看護師長を務め、86年に在宅看護研究センターを設立。2011年フローレンス・ナイチンゲール記章を受章。『「自主逝」のすすめ』『自分の家で死にたい』(共に海竜社)など著書多数。

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