壮絶な介護体験から生まれた詩――朗読で心を耕す~詩人・藤川幸之助

20年以上にわたって認知症の母を介護し、その体験を詩に綴ってきた藤川幸之助さん。詩には母と向き合う藤川さんの苦しみや悩みが生々しく記され読むものの心を深く揺さぶります。「誰もが生きているだけで尊い存在である」という藤川さんの珠玉の詩を朗読動画と合わせてご紹介します。言葉に出して詩を朗読することで、感動が心の中に広がります。

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作品「夕日を見ると」

今日もここから
あの夕日が見えました
あの夕日を見ると
いつも思うんです
今日も母にやさしくできなかったと
もっと母にやさしくすればよかったと

ウロウロするな!
ここに座っていろ!
同じことばっかり言うな!
もう黙ってろ!
母さんが病気だって
分かっちゃいるけど
「おれの母さんだろう!
 しっかりしろ!」
と、つり上がった目で
何度も何度も母に言って
母は驚いて
私を悲しそうに見つめて
私は言った後自分をずっと責め続けて

この夕日を見ながら
明日こそ母へやさしくしようと
毎日毎日そう思うけれど
毎日毎日このくり返し
母さんごめんなさい
母さんに苛立つぼくを許してください
母さんごめんなさい
こんなぼくを許してください

「約束」

詩「約束」​

今度帰るときには
ライスカレーを作っておくからと
嬉しそうに母は約束した。​
久しぶりに実家に帰ってみると
約束通りライスカレーが
テーブルの上においてあった。​
食べると母の味つけではない。​
レトルトのカレーとハンバーグを
皿に盛りつけただけのものだと
すぐに分かった。​
​「お母さんのカレーはうまか」​
大げさに父は言っている。​
​「これ母さんレトルトだろ?」​
私は不機嫌に言った。​
​「二つとも時間をかけて作ったんよ」​
母は言い張った。​
​「ちがうよこれは母さんのカレーじゃないよ」​
​「お母さんのカレーはうまか」​
母の方を向いて大声でまた父が言ったので
私も意地になって言い返えそうとした時
​「お母さんのカレーはうまか」​
父が私をにらみつけて言った。​

母が風呂に入って
父と二人っきりになった。​
料理の作り方を忘れてしまって
自分から作ろうとはしない母の話を聞いた。​
母が私とのライスカレーの約束の話を
父に何度も何度も話すのだそうだ。​
母に代わって私のためにレトルトのカレーを
父が用意してくれていた。​
​「お父さんにしては盛りつけが上手」​
私は父にお世辞を言った。​
父は嬉しそうに笑った。​

母の日記

認知症が進む中でも、​
母は日記を書き続けていた。​
日記は、毎日同じ文面で始まり、​
幾行かの出来事が書いてあって、​
毎日同じ文面で終わっていた。​
時には前の日の日記を
そのまま写しているときもあった。​

​「知っているんだけど」と前置きしながら、​
簡単な字を何度も何度も聞く母。​
優しく教える父。​
私が日記をのぞくと
母は怒ったように
書くのをやめてしまっていた。​

日がたつにつれて、​
字のふるえがひどくなり、​
誤字や脱字が目立ち、​
意味不明の文が増えていく。​

もう日記なんて書かなくなった母。​
私はそんな母の日記をくりながら、​
自分の名前の書いてある箇所だけを探す。​
どんなにか母に心配をかけてたことにも、​
ひどく母と言い争ったことにも、​
私の部分には、​
​「あの子はやさしい子だから」と
書き添えてある。​
いつか私が母の日記を読む日が
来るのを知っていたかのように
​「あの子はやさしい子だから」と
必ず書き添えてある。​

扉

認知症の母を
老人ホームに入れた。​

認知症の老人たちの中で
静かに座って私を見つめる母が
涙の向こう側にぼんやり見えた。​
私が帰ろうとすると
何も分かるはずもない母が
私の手をぎゅっとつかんだ。​
そしてどこまでもどこまでも
私の後をついてきた。​

私がホームから帰ってしまうと
私が出ていった重い扉の前に
母はぴったりとくっついて
ずっとその扉を見つめているんだと聞いた。​

それでも
母を老人ホームに入れたまま
私は帰る。​
母にとっては重い重い扉を
私はひょいと開けて
また今日も帰る。​

◇藤川幸之助(ふじかわ・こうのすけ)

昭和37年熊本県生まれ。小学校の教師を経て、詩作・文筆活動に入る。認知症の母親に寄り添いながら命や認知症を題材にした作品をつくり続ける。また、認知症への理解を深めるため全国での講演活動にも取り組んでいる。『満月の夜、母を施設に置いて』『徘徊と笑うなかれ』(共に中央法規)、『マザー』『ライスカレーと母と海』(共にポプラ社)、『支える側が支えられ 生かされていく』(致知出版社)『赤ちゃん キューちゃん (絵本こどもに伝える認知症) 』(クリエイツかもがわ)など著書多数。

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