〝一生青春〟で生きるために大事なものとは? 外山滋比古さんに学ぶ「人生の散歩術」

英文学者・外山滋比古さんの名前を、発刊から40年近いいまもベストセラーに名を連ねる著書『思考の整理学』を通して知っているという方も多いでしょう。若き日に抱いた英語学・英文学への志を生涯貫き、卒寿を迎えた後もなお学びを止めることなく、数々の著書を上梓されました。
外山さんと同じく英語を専門に研究し、幅広いテーマで執筆を続けた上智大学名誉教授・故 渡部昇一さんとの対談が実現したのは『致知』2010年10月号(特集「一生青春、一生修養」)。知性の円熟した二人の語り合いには、真に充実した、価値ある人生を送るために何が大事か、そのヒントがふんだんに散りばめられています。

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折り返し地点では ちゃんと折り返す

〈渡部〉
外山先生は定年後、さらにいい仕事をする人としない人の差は何だと思われますか。

〈外山〉
前半あまり輝かしい人は難しいと思います。初めがよ過ぎると、どうしても振り返りたくなる。僕は40年教師をやって、あまり恵まれていないという気持ちだったから、このまま死んではたまらんと思っていました。

〈渡部〉
それは意外ですね。みんな外山先生は前半の人生も輝かしいと思っていますよ。

〈外山〉
いやぁ、学校にいると、できないこともできる振りをしてやらなきゃいけないでしょう。

例えば英文学通史。15世紀あたりから20世紀までの通史を1年で教えるわけですが、そんなことできますか。いま英語の教員職の単位に「英文学史」が入っているからどの大学でも教えていますが、おそらく現物の作品を読んだ数は10冊以下しかない人が、数百冊の本について知識だけ教えていると思います。

そういうことが実に嫌でした。定年後は、それから解放され自由になって、ほんとによかったと思っています。

こういう自由な時間を生きるには、成果が上がるとか上がらないとかいうことを抜きにして、生きる目標が必要ですね。それはあまり常識にとらわれないほうがいい。常識にとらわれるとどうしても過去を振り返りたくなりますが、多少批判されても自分の好きなことを自由にやって、それに対する責任は負う、という姿勢でやると、70代の前半くらいまでは大変不安ですが、それを過ぎると楽しくなってきます。

〈渡部〉
先生はいまが一番充実しているとおっしゃっていましたね。

〈外山〉
はい。若い頃はこういう高齢の日々があるとは思いませんでしたね。

マラソンには折り返し地点があるでしょう。折り返し地点とは、そこで「折り返す」んです。マラソンで折り返し地点を過ぎて同じ方向に走り続けるバカはいないけれど、人生においては折り返し地点を過ぎても、そのまま真っ直ぐ行こうとする人がある。特に前半がよかった人にそういう傾向が強いですね。その先にゴールがあると錯覚するのでしょう、きっと。

折り返し地点で、思い切っていままでとは違う生き方をしてみる。ある種、いままでの自分を否定して、折り返した先に自分の生きる新しい目標があると思って進んでいけば、前半より価値のある時間を過ごせると思います。

忘れるとは個性である

〈外山〉
昔からいい考えが浮かぶのは「三上」といって、馬上、枕上、厠上の三つだと。要するに馬の上、床の中、トイレ中ということですが、馬上はいまの時代でいえば通勤途中ということになりますね。

これは何かを覚えたり、考えたりするには、ある程度規制のある状況のほうがいいということじゃないかと思います。

また、僕は「三中」の状態も思考の形成に役立つと思っています。

〈渡部〉
何ですか、「三中」とは。

〈外山〉
夢中、散歩中、入浴中です。まあ、人間はその気になればいたるところで学び、考えられるということですね。
 (中略)
僕は記憶力は50代の頃から諦めちゃっているから、そういう話を聞くと圧倒されてしまいますが(笑)、ある時、どうして記憶力が悪いのかと考えてみました。

結論として、要するに僕は忘れる力が強いんだと思った。また、忘れることによって、新しいものを入れる余地ができる。その余地をつくらないと、もっと頭が悪くなるという勝手な理屈をつくって、忘却恐怖症を卒業したんです。

〈渡部〉
僕も関心のないことはすっかり忘れて、女房を怒らせていますよ(笑)。

それと僕も割と早いうちから忘却恐怖症はなくなりました。ハマトンの絵画論の中に、印象派について書かれたものがありましてね。詳細は忘れましたが、印象派は自分が見たものの中で何を忘れたかが重要である、と。なるほど、そうですよね。印象に残っているところだけを描いているんだから、描いていないものは忘れているんです。だから「忘れるとは個性」だと。

〈外山〉
そう、忘れるというのはたいへん個性的だと思います。同じ経験をしても、時を経て思い出してみると、みんな覚えているところが違う。だから忘れてしまうことは自分には必要のないことだし、それが個性だとおおらかに構えて、あまりくよくよしないことが肝要ではないかと思います。

蓑を着て浜へ向かう海女のように生きる

〈外山〉
お話をお聞きして、僕が一番好きな滝瓢水の句を思い出しました。

 浜までは海女も蓑着る時雨かな

これから海にもぐる海女が、雨を避けるために蓑を着て浜に向かう。どうせ海に入れば濡れてしまうのに、なぜ蓑を着る必要があるのか。浜までは濡れずに行きたいという、海女の身だしなみを思う気持ちが表われているのですが、この「浜」を「死」と置き換えると一層味わいが出ると思うんです。

どうせ退職したんだから、どうせ老い先短いのだから、と投げやりになるのが年寄りには一番いけない。
 (中略)
僕も死について考えないわけではないが、あれこれ考えて無駄な心配をするより、いまを楽しく過ごしたい。そして、できれば仕事の最中に死にたいな、と。楽しいこと、面白いことを一所懸命やっている最中がいい。何かをやり遂げた後ではなく、最中であってほしいです。

〈渡部〉
同感です。最後まで学究の徒として生涯を終えたい。一生青春の真っ只中で終わりたいですね。

〈外山〉
その瞬間までは、蓑を着て浜へ向かう海女のように美しく生きる努力を続けて生きたい、と思っています。


(本記事は『致知』2010年10月号 特集「一生青春、一生修養」より一部を抜粋・再編集したものです)

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◇外山滋比古(とやま・しげひこ)
大正12年愛知県生まれ。東京文理大学(現・筑波大学)卒業。同大学特別研究生修了。研究社の嘱託となり、雑誌『英語青年』の編集長を10余年務める。その後、東京文理大助教授、お茶の水女子大学教授、昭和女子大学教授などを歴任。文学博士。著書は『日本語の論理』(中央公論)『古典論』(みすず書房)など多数。『思考の整理学』(筑摩書房)は昭和58年の発売から版を重ね、いまなおベストセラーに名を連ねている。令和2年7月30日死去。

◇渡部昇一(わたなべ・しょういち)
昭和5年山形県生まれ。30年上智大学文学部大学院修士課程修了。ドイツ・ミュンスター大学、イギリス・オックスフォード大学留学。Dr.phil.,Dr.phil.h.c.平成13年から上智大学名誉教授。幅広い評論活動を展開する。著書は専門書のほかに『上に立つ者の心得  「貞観政要」に学ぶ』『国民の見識』『論語活学』『歴史に学ぶリーダーの研究』(いずれも致知出版社)など多数。平成29年4月17日死去。

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