『学問のすすめ』×『武士道』——いまこそ温故知新!読書の秋に名著を繙く

夏川氏(写真左)と奥野氏(写真右)

福沢諭吉著『学問のすすめ』、新渡戸稲造著『武士道』――どちらも明治期に書かれた世界に誇る日本の名著ですが、「書名や一節は知っていても実際に読むのは敷居が高い」と感じておられる方も案外多いのではないでしょうか。弊社刊行「いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ」にて両書の現代語訳を手掛けた奥野氏・夏川氏は、両書には日本の未来を考えるにあたって欠かせないエッセンスが詰まっていると言います。お二人の対談から、名著が持つ色褪せない教えについて抜粋してお届けいたします。

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日本人の強さの源

〈夏川〉 
福沢は『学問のすすめ』で食っていけない学者ではダメだと説いていますが、『武士道』はもっと極端で、食っていけないなら食うな、それでも学者なら死ぬまで学問を教え続けろという世界です。自分の携わっている仕事、自分の役割に対して、最後には腹を切るくらいの覚悟、恐ろしいまでの徹底さを訴えるわけです。

当時は日清、日露戦争の頃の、日本が非常に強かった時代です。そして日本が強かったのは、日本人が一皮むけば侍だったからです。つまり、各々がそれくらいの覚悟で自分の仕事に取り組んでいたんですね。

そういう意味で侍というのは、僕たち現代人にとってもいまだに憧れの対象ですし、日本人がそういう面を持ち続けている限り、海外からも一目置かれると思うんです。

それは非常に理想化された姿なのかもしれません。しかしいまの日本人は、それに近い覚悟があるかということを問わなければならないと思うんです。

〈奥野〉 
そういう意味では、福沢諭吉という人もまさしく侍ですね。「一身独立して一国独立する」と繰り返し国民の自立を促し、国に寄りかかるのではなく、各々が民間で活路を見出していくべきだと私立の道を示唆しました。

民間で食べていくことのほうが難しいけれども、だからこそやれと。その根底にあるのは、不可能を可能にするところにこそ人間の素晴らしさがあるという思いでしょうし、それは真のエリート主義というか、地位や力のある者の責任を意味するノーブレス・オブリージュにも通ずるものがあると思うんです。

福沢は、封建主義が終焉した後、これに代わる別の価値観が出てきていないために発狂する人が増えていることを指摘しています。『聖書』や『コーラン』のように、何か帰依するものがないと文明は上手く回っていかないと思うんですが、だからこそ侍という究極の大人の姿が日本人の規範となっているのではないかと思うんです。

僕も含め、現代人は昔の人に比べてなかなか大人になり切れないところがあります。ただお金を儲けられるようになれば大人になれるかというと、決してそうではない。ではどうすべきかというのを『武士道』で描かれる侍の姿は教えてくれていると思うんです。

〈夏川〉 
日本の武士は、自分のことを誰かに評価してもらうということではなく、武士として生まれてきたからには武士としての役割を全うするという考えで自分を律していたと思うんです。与えられた役割を全うするからこそ、誇り高き人生だったと満足して死ぬことができる。そういう生き方を通じて日本人は成長してきたし、高い徳性を備えた国をつくってきたと思うんです。

新渡戸のように、そういうことを世界に発信しようと考えた人がいたというのは非常に重要なことですし、その人がどんなことを書いていたのかを知るだけでも凄く意味があります。

特に「サムライの教育と訓練」や「自制(克己、セルフコントロール)」の章はしっかり読んでほしいですね。それから「女性の教育と地位」の章には、女性の価値を深く掘り下げて論じてあって、『武士道』に説き示される侍の生き方は、男性ばかりでなく、女性にも当てはまるものだと教えられます。

国の力は国民の力の集積

〈奥野〉 
『学問のすすめ』には、「政府が悪いのではなく、愚民が自分で招いた結果なのです」「この国民あってのこの政治なのです」と、国力は結局国民一人ひとりの力の集積であることが繰り返し説かれています。だからこそ一人ひとりが自分の生き方に責任を持ち、自立しなければならないと。

戦後、教育がダメになって日本人はダメになったといわれます。しかし福沢の危機感に触れると、その病根はもっと前からあったようにも感じられて、もう時既に遅しではないかという絶望感を覚えもするんです。

〈夏川〉 
確かにおっしゃるとおりだと思います。しかしその一方で、新渡戸は武士道を我が国の桜の花に例え、次のようにも記しています。

「何年もの年が流れ、武士道の習慣が葬り去られ、その名さえ忘れられる日が来ても、その香りは空中を漂っています。『路辺に立ちて眺めやれば』、私たちははるか遠くの見えない丘から漂ってくる、その爽やかな香りを、いつでもかぐことができるのです」

そう考えると、確かにいまの日本人もまだまだ捨てたものではない。それは例えば、東日本大震災の時の被災者の方々の立派な姿や、救助に奮闘された方々の勇敢な姿にも見出すことができます。また日本人がそういう姿に感動したり、エールを送ったりして絆のようなものが広がっていくのは、侍的なものへの尊敬の念というものがまだ残っているからだと思うんです。

ある運送会社の社員の方々は大震災の直後、救援物資を行き渡らせるため自らの判断で物流を再開しました。それは誰かの指示でもなく、お金が欲しくてやったことでもなく、使命感に突き動かされた行動じゃないですか。

そういう部分っていまの日本人にもどこかしらまだ残っていて、だからこそ日本人は危機に際してみんなのネットワークを築けたし、まだ世界でも頑張っているんだと思うんです。そういうものを僕たちはこれからもっともっと思い起こしていかなければならない。

いまの日本には確かに問題も多いけれども、それでもモラルに背くものへの違和感とか、正しいことを貫く人を愛する傾向をちゃんと保持していると思うんです。

いま不況に苦しんでいる会社はたくさんありますが、もう一度そういう原点に返って、自分たちの本当の役割を見つめることで、復活の道も開けてくると思うんです。


(本記事は『致知』2013年5月号 特集「知好楽」より記事の一部を抜粋・編集したものです

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◇奥野宣之(おくの・のぶゆき)
昭和56年大阪府生まれ。同志社大学文学部卒業。出版社、新聞社勤務を経てライターとして独立。執筆、講演活動などを展開。著書に『情報は1冊のノートにまとめなさい』(Nanaブックス)など。致知出版社刊行の「いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ」では『学問のすすめ』の現代語訳を担当。

◇夏川賀央(なつかわ・がお)
昭和43年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大手出版社などを経て独立。会社経営の傍ら執筆活動を展開。著書に『すごい会社のすごい考え方』(講談社)など。致知出版社刊行の「いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ」では『武士道』の現代語翻訳を担当。

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