6月14日「認知症予防の日」に読みたい珠玉の詩——詩人・藤川幸之助

6月14日は、日本認知症予防学会が制定した「認知症予防の日」です。アルツハイマー型認知症を発見した神経科医のアロイス・アルツハイマー博士の誕生日(614日)に由来しているといいます。認知症はいまや5人に1人が発症する国民病。この「認知症予防の日」に、深く味わいたい珠玉の詩を朗読と合わせてご紹介いたします。詩作と朗読は、20年以上にわたる認知症の母の介護体験を詩に綴ってきた藤川幸之助さんです。

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作品「母の中の父」

「更けゆく秋の夜……」

と始まる秋の童謡「旅愁」

この歌を

春、桜が咲いていようが

夏、汗だくになっていようが

冬、雪が降っていようが

一年中母の耳元で歌う

この歌を聴けば

認知症の母が

大声を出して叫ぶのだ

しかし、あんまり上手く歌ったら

眠ったままのときがあるので

父の声まねをして

できるだけ下手に歌う

すると、母はぱっと目を開け大声を出す

父は母の手を取り

毎日毎日この歌を歌っていた

父がなくなった今でも

この歌を聴く母の心の中では

父がぽっかりと月のように浮かび

静かに母の心を照らしているのだろう

母の中には父の愛が

結晶となって残っているにちがいない

忘れる病にもわすれることのできない

認知症にもけすことができない

そんなものがあるのだと……

しかし、歌を下手に歌うのが

こんなに大変だとは思わなかったが

私の声の中にも

しっかりと父は生きていて

優しく愛しい父が

私の中にも生きていて

作品「母からの手紙」

母に会えない週末には

認知症の母への手紙を書いた

お元気ですかで始まり

寂しくないかと付け加え

元気でねと母へ手紙を書いた

言葉のない母はその手紙を

口にくわえてしゃぶると聞いた

手紙は読むものと思っていたが

そんな味わい方もあるのだと

いつもよだれを流しながら

私を見つめる母を見て思う

母は私を感じている

やっと時間ができて

熊本の老人ホームに母を訪ね

その手紙を母に読んであげる

これじゃ手紙の意味がないじゃないか

言葉のない老人と

ろくでもない者が向き合って

その足りない部分を

埋めあって生きている

一人の静かな夜

母からの手紙が届く

文字のない無言の

紙も字もない手紙が届く

いつものようにお元気ですかも

寂しくないかの付け加えもなく

元気でねとどこにも書いていない

母からの手紙が届く

「その自分を生き抜け」と

私の心の中に届く

私の心に響く

「徘徊と笑うなかれ」

徘徊と笑うなかれ

母さん、あなたの中で

あなたの世界が広がっている

あの思い出がこの今になって

あの日のあの夕日の道が

今日この足下の道になって

あなたはその思い出の中を

延々と歩いている

手をつないでいる私は

父さんですか

幼い頃の私ですか

それとも私の知らない恋人ですか

妄想と言うなかれ

母さん、あなたの中で

あなたの時間が流れている

過去と今とが混ざり合って

あの日のあの若いあなたが

今日ここに凜々しく立って

あなたはその思い出の中で

愛おしそうに人形を抱いている

抱いているのは

兄ですか

私ですか

それとも幼くして死んだ姉ですか

徘徊と笑うなかれ

妄想と言うなかれ

あなたの心がこの今を感じている

「私の中の母」

母よ

認知症になって

あなたは歩かなくなった

しかし、私の歩く姿に

あなたはしっかりと生きている

母よ

あなたはもう喋らなくなった

しかし、私の声の中に

あなたはしっかりと生きている

母よ

あなたはもう考えなくなった

しかし、私の精神の中に

あなたはしっかりと生き続けている

私のこの身体も

私のこの声も

私のこの心も

私のこの喜びも

私のこの悲しみも

私のこの精神も

私のこの今も

私のあの過去も

私のあの未来も

この私の全ては

母よ

あなたを通って出てきたものだ

母よ

私は私の中に

あなたが生きていることが

とてもうれしいのだ

◇藤川幸之助(ふじかわ・こうのすけ)

昭和37年熊本県生まれ。小学校の教師を経て、詩作・文筆活動に入る。認知症の母親に寄り添いながら命や認知症を題材にした作品をつくり続ける。また、認知症への理解を深めるため全国での講演活動にも取り組んでいる。『満月の夜、母を施設に置いて』『徘徊と笑うなかれ』(共に中央法規)、『マザー』『ライスカレーと母と海』(共にポプラ社)、『支える側が支えられ 生かされていく』(致知出版社)『赤ちゃん キューちゃん (絵本こどもに伝える認知症) 』(クリエイツかもがわ)など著書多数。

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