奇跡の鳥・ダチョウが人類をウイルスから救うと信じて 塚本康浩

新型インフルエンザが猛威をふるった2009年、一躍注目を浴びたのが、「ダチョウ抗体」を生み出すダチョウの卵です。ダチョウ抗体研究の第一人者である京都府立大学・塚本康浩教授は、安価で大量に生産できる抗体の有用性に着目し、「ダチョウ抗体入りマスク」など数々の商品を開発してきました。HIVなど、これまで治療の困難だった病気に対するダチョウ抗体の活用を目指して研究を続ける塚本氏に、開発までの経緯や研究・開発への熱い思いを語っていただきました。

※インタビュー内容は2013年当時のものです。

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ダチョウには破格の生命力がある

〈塚本〉
私がダチョウの研究を始めたのは約15年前。物心ついた時から「鳥少年」で、家ではずっと鳥を飼い続けてきた。鳥好きが高じて大学は獣医学科に進み、大学院で博士課程を修了。そのまま大学教員に就任、研究テーマを探しているところだった。

神戸にダチョウを飼っている牧場がある、という話を聞き、私は少なからず興奮を覚えた。初めて動物園でダチョウを見たのは小学生の時。「こんな大きな鳥はマンションでは飼えないなぁ」と思い、手の届かない遠い存在だと思っていたからだ。「牧場は儲かっていないみたいだから、もうすぐ閉めるかもしれない」という話を聞き、私は翌日から牧場通いを始めた。鳥は人生最大の趣味とはいえ、私も研究者だ。ダチョウの行動を観察し、いままで誰も気づかなかった規則性を発見して、論文にまとめようと考えていた。

ところが、である。ダチョウはそれまでの私の鳥に対する知見を覆す常識破りの鳥だった。 

そもそも彼らに規則性はない。いつも何も考えず右へ左へ動き回っている。いきなり崖の頂上へ駆け上がったかと思うと、パニックになり、足がすくんで動けなくなる。そんなダチョウを何羽助けたか分からない。

また、一般的に鳥はきれい好きである。毎日せっせと毛づくろいをし、寝る前に水浴びをする鳥も多い。体を清潔に保つことが、病原菌から身を守ることを知っているのだと思う。ところが、ダチョウは違う。体の汚れは全く気にしない。汚れたら汚れっ放し。糞を付けたまま走り回っていることもある。しかしそれでもダチョウの平均寿命は60年。破格の生命力である。

彼らは暇になると隣のダチョウの羽をむしりとるが、そこにもなんの意味もない。されているダチョウも何も気にせず餌を食べ続けている。そこに血の匂いを嗅ぎつけたカラスが現れ、餌だと思い、ダチョウの肉を喰い千切る。獣医として縫合手術が必要だと思うくらいの重傷でも、消毒をすれば3日後には皮下組織が復活し、1か月後には新しい皮膚が再生する。

私はダチョウの傷口の組織を大学に持ち帰り、顕微鏡で調べてみた。なるほど、他の動物よりも細胞の動きが速かった。また傷口から感染症になることがないのだから免疫力も相当強いのだろう。

抗体の抽出と実用化に懸けた思い

ここで私は研究の方針を大転換した。行動生物学的な成果よりも、ダチョウの抗体を利用できないかと思ったのである(そこに至るまでに実に5年の歳月を費やしたのだが……)。

原始的な生物から人間を含む哺乳類まで、体の中に異物が入ると、これを除去しようとするタンパク質の分子をつくる。これを「抗体」という。一方、異物のことは「抗原」と呼ぶ。

当初、ダチョウからこの抗体を取り出すために、実験の都度ダチョウ1羽の命をいただくなど相当苦心した。そして、ある時から卵に着目し始めた。

仮にインフルエンザの抗体をつくりたいとしよう。ダチョウの体内に遺伝子操作によって無害化したウイルスの抗原を注入する。するとダチョウは体内でその抗体をつくり出す。メスは子孫を守るために、卵にもその抗体を移す。卵から卵黄だけを取り出し、遠心分離機にかけ、分離し、抽出する。この方法の確立に成功したのである。

従来、抗体はマウスやウサギの体を利用してつくられてきた。しかし、体が小さいために大量に取れなかったが、ダチョウは大きいので一度に莫大な量が取れる。また、ダチョウの抗体は熱処理にも強く、製品化しやすいという利点があった。

現在、既にダチョウの抗体を用いた新型インフルエンザや花粉症を防ぐマスクや、アトピーやニキビが悪化しないための化粧品などが製品化され、市販されている。2008年には産学提携推進の流れに乗って大学発のベンチャー企業を起業。経営難のダチョウ牧場を買い取るとともに、ダチョウの抗体の製造販売会社の社長を兼務することとなった。マスクなどは売れ行きが非常に好調で、160人の雇用を生み出し、210億円の経済効果を創出したという。

この先、ダチョウの抗体を用いてHIVやがんなど、これまで打つ手がないといわれていた病も克服可能になることが、マウスを使った実験で証明されている。早く実用化し、アフリカや東南アジアに広め、多くの人類を救うとともに、日本に入り込んで猛威を振るう前に食い止めたい。例えば、鳥インフルエンザなど、日本に蔓延したら60万人の命が失われるという。

私は奇跡の鳥・ダチョウの抗体を用いて製品を汎用化し、人類の命を救いたい。その裏には、ダチョウの抗体の実用化にたどり着くまで、私の目の前で死んでいった多くの鳥たちの存在がある。幼少期に飼った鳥たちも、実験でやむなく使った鳥たちも、1羽たりともその死を無駄にしたくない。ダチョウの抗体で着実な成果を挙げていくことが、彼らへの自分なりの恩返しだと思っているのである。

(本記事は『致知』』2013年2月号 連載「致知随想」より一部を抜粋・編集したものです。

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◇塚本康浩(つかもと・やすひろ)
昭和43年京都生まれ。獣医学博士。京都府立大学大学院生命環境科学研究科教授。大学発ベンチャー「オーストリッチ・ファーマ(株)」を設立。約500羽のダチョウを飼育し、卵から様々な抗体を精製、実用化を日々研究中。平成21年産学官連携功労者表彰にて文部科学大臣賞を受賞。24年「花粉抗体入りマスク」「アトピー用化粧品」の開発にも成功。著書に『ダチョウ力』(朝日新聞出版)など。

 

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