2020年06月01日
NHKのエグゼクティブ・アナウンサーを務め、2012年に独立してからは「嬉しいことばの種まき」をテーマに講演やトークライブを行うなど活躍の幅を広げている村上信夫さん。様々な人や言葉との出逢いに導かれてきたという20代当時のお話から、〝ことばの魔術師〟の原点に迫ります。
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デスクが教えてくれた自分で考えるという教育
〈村上〉
昭和52年にNHKに入局した後、最初に配属されたのは富山放送局でした。新人アナウンサーの仕事は多岐にわたります。ニュースを読むことはもちろん、インタビューもスポーツ実況もラジオのディスクジョッキーも生中継もやる。また週に1回泊まり勤務といって、深夜から早朝にかけてのニュース番組、各所への電話取材、視聴者からの問い合わせ対応などに当たる仕事がありました。
初めて泊まり勤務をした日のことはいまも忘れられません。入局してまだ2週目か3週目でしたが、その時にアナウンス室のデスクが私に付き添ってくれました。
「まあ、とにかくやってごらんなさい」
とだけ言って、すべて新人の私に仕事を任せ、ニコニコしながら黙って見ている。終わった後も、よかったとも悪かったとも何も言わず、帰ってしまいました。
「どうだったんだろう?」と思いながら、翌週の泊まり勤務を迎えました。その時もまた、デスクが付き添ってくれ、今度は私には何もやらせず、すべて自分でやる。質問しても何も答えてくれない。
朝5時55分に天気予報の時間があり、普通ならその日の天気が書かれた原稿を持ってスタジオに直行するのですが、デスクは局の屋上へと上がっていきました。そして、空を見上げ、風を感じ、
「村上君、これが観天望気だよ」
と言ったのです。
つまり、原稿をそのまま読むだけでは本当の天気予報にはならない。自分で実際に体感した上で視聴者に伝えることが大事だ、と。
とは言え、それ以外は何を聞いても全く教えてもらえず、消化不良で翌日出勤すると、机の上にドサッと本が置いてあるではありませんか。それは私が質問したことに関連する本でした。読んで勉強しなさいということでしょう。
また、ある時私が現場取材をしてきた録音テープを先輩に聞いてもらうと、たったひと言「録り直し」と言われ、理由を尋ねても教えてもらえませんでした。これもなぜ録り直しを命じられているか、その原因を自分で考えろということなのです。
いまだったら手取り足取り教えなければいけないご時世ですが、当時はそんな甘い世界ではありません。自分で考えなさいという厳しい教育のもと、失敗や恥を積み重ねながら、何とか成長してきたように思います。











