2020年05月28日
関西を中心に「お菓子のデパート」を店舗展開し、業界一の売上経常利益率を誇る「吉寿屋(よしや)」。早朝出勤、どこよりも早い決済など、他社にはまねできない発想で地道な努力を続け、強固な経営体質を築きあげてきました。創業者である神吉会長が掲げる、創業当時から変わらない企業発展の原理原則と社員への思いとは――。
※インタビュー内容は2007年当時のものです。
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「吉寿屋」創業に懸けた思い
〈神吉〉
私は昭和16年に徳島で生まれました。親父は番傘職人だったのですが、体が弱くて私が15歳の時に亡くなるんですね。番傘に替わってこうもり傘が主流になりつつある時代でしょう。親父は「どんなに不景気でも人間は食べないわけにはいかない。時代に流されない食べ物の仕事に就きなさい」と言っておりました。それで中学を出ると大阪に出て菓子会社に就職したんです。
(――わずか15歳で。)
〈神吉〉
就職したのは粟おこしのメーカーで、50人くらい社員がおりましたかな。そこで私は営業マンとして働きました。まぁ、これといった取り柄はなかったけれども、朝だけは早かったですね。当時の始業時間は8時半で、私は7時半くらいに会社に行っていました。いま思うと、私の早起きの習慣はこの頃から始まったんです。
(――独立されたのはいつですか。)
〈神吉〉
23歳の時でした。知り合いが経営していた卸商を引き継ぎました。当時、弟の秀次(現社長)が5舗の菓子小売業を経営しておりまして、2人で菓子卸商を開業したんです。従業員が全員で5名、年商は3000万円程度だったと思います。
その頃は案外、菓子問屋として独立するのが簡単でした。資本金もそんなに要らんし、何百という人が先を争うように独立したんです。だが、残念なことに、いまそのほとんどが消えてなくなりました。
(――創業時はご苦労も多かったのでは?)
〈神吉〉
いや、いま考えたらおもしろかったですね(笑)。独立するのにある程度貯金があって「これが底をつくようやったらやめよう」と思っていたんです。人に迷惑をかけてもいけませんしね。それで創業1か月目から毎月棚卸しをして、月次決算をやってもらいました。だから赤字を出したことはありません。ずっと黒字続きでね。
(――理想的ですね。)
〈神吉〉
いまもその姿勢は崩していません。取引先にどこよりも早くお支払いする「5日ごとの決済」は、いまや当社の大きな武器なんです。
(――お仕事を通してそのような知恵を身につけていかれたのですか。)
〈神吉〉
経理も案外、自分で身につくものですね。我流だったと思いますが、要はいくら仕入れて、いくら売って、経費がいくらかかったか。それだけですから。
そういえば、創業時に30年計画を立てたんです。最初の10年間は配送センターの建設など経営の基礎づくり、次の10年間はどんな競争にも負けない企業体質づくり、その次の10年間はさらなる成長のためのプランを考えて、次々に実現させました。支店計画にしても最初に堺、次に京都、それから神戸……と、そのとおりになりましたね。
(――ああ、計画どおりに。)
〈神吉〉
運が良かったのでしょうね。お金があるわけじゃないし、人脈があるわけでもない。でも困った時に不思議に助け船が来て、乗り越えていけました。自分の力だけでは絶対にここまで来られなかったと思います。
ただ、私は決して無理して会社を大きくしようとはしていません。何よりも働いてくれる人たちが喜んでくれる会社にしたいというのが私の理想なんです。下手に大きくすると、それだけリスクも高まりますしね。
中小企業の勝ち目はどこにあるか
(――早い決済は企業の成長に欠かせない要素ですね。)
〈神吉〉
創業時のわが社は相撲で言ったら幕下で、仮に1000回戦ったとしても横綱である大手企業に勝ち目はありません。ではどうしたら勝てるか。他社と何かを変えるしかありません。挨拶や服装など細かい工夫はいくらでもできます。私はその一つが決済だと思ったんです。
例えば月に1回の決済日を末日に設定すると、1日から29日まではお金が貯まります。だけど月末に多額の資金が必要になってしまいます。そこで私は1日から4日までの入金分を5日に払う、5日から9日までを10日に払うというように決済日を5日ごとに分散したんです。そうしたら小資本でも大きな商売ができることに気づきました。もちろんこれはどの業種もできることではありませんけれど。
(――何より取引先の信用が高まりますね。)
〈神吉〉
そうです。目に見えぬ多くの貯金ができます。よく「神吉さんのところはお金があるから」と言われますが、そんな問題ではないですね。気持ちの問題です。例えば取引先の決済を早く1年に1件でも多く増やそうと思ったら、絶対やれるはずなんです。それがいつの間にか、すべての取引先に広がっていったら理想でしょうね。
いずれにしても決済を早くする。これが中小企業経営の基本です。企業が倒産するのは金を払えないから倒産するんです。だったらその逆をいったらいい。
それともう一つ、税金をたくさん払うこと。これもわが社が一貫して心掛けてきたことですね。
私は口癖のように「吉寿屋の社員一人ひとりが死ぬまでに信号機1台は作らねばならん」と社員に言っています。信号機ができるのは、多くの人が長年かかってたくさんの税金を払ったからです。北海道や九州の農産物がいつでも手に入るのも、税金の恩恵です。これは民間だけでは絶対にできません。だから少しでもようけ働いて、1円でも多く税金を払って、その恩に報いること。これもできるできんの問題ではないと思います。
(――気持ちの問題だと。)
〈神吉〉
はい。「どうしても納めるんだ」という気持ちです。私が着用しているネクタイにしてもそうです。1万円出して買ったとしても私、1万円ではよう作れません。そうするとこれを作ってくれた人にお礼をせないかん。顔の見えない相手には、税金を通して間接的にお返しする以外に方法はありません。
社員と家族の喜ぶ顔が見たい
(――縁に報いようとされている神吉さんの姿勢が、よくうかがえます。)
〈神吉〉
それは従業員に対しても同じです。日本には大小含めて約百三十万の会社があるといわれますが、縁あってわが社を選んでもろうたわけやしね。やってあげられることは精いっぱいやってあげたいと思っています。
(――神吉さんの志は、従業員さんを幸せにすることですか。)
〈神吉〉
そうやね。それが一番。社員の喜んだ顔が一番嬉しいですね。これ以上の仕事は世の中にありません。叱る時でも褒める時でも、それが自分の子ども、孫やと思ったら何をしても惜しいことはないですわ。
社員を喜ばせたいという思いがあったからこそ、ここまでやってこられたのだと思います。
(――継続するには、多くの人に喜んでもらえることをやる。)
〈神吉〉
そのとおりです。仕事を長続きさせようと思ったら、自分や家族のためだけに働くという意識では絶対にいけませんね。大きく飛躍できません。そんなこと誰でもしよることです。そうではなく、社長である私の立場で言えば「これが社員のためになるか」「社会のためになるにはどうしたらよいか」という強い思いがあれば、やることは全然違ってくると思います。
(本記事は『致知』2007年2月号 特集「一貫(いちつらぬく)」より一部を抜粋・編集したものです。) ◎各界一流プロフェッショナルの珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。 たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。 ≪「あなたの人間力を高める人間力メルマガ」の登録はこちら≫
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◇神吉武司(かみよし・たけし)
昭和16年徳島県生まれ。中学卒業後、大阪の菓子メーカーに就職。39年菓子の卸商社・吉寿屋を設立。「お菓子のデパート」を直営、フランチャイズ方式で関西を中心に店舗展開。著書に『商いのこころ』がある。吉寿屋代表取締役会長。