【母の日に贈る感動実話】 久しぶりで最後の、お母さんのおむすび(鎌田實)

「十億の人に十億の母あらむも わが母にまさるははありなむや」 暁烏敏(あけがらす・はや)
――この詩の通り、自分を生み育ててくれた母の存在は、この世に生まれ落ちた一人ひとりにとってかけがえのないもの。そして、5月の「母の日」は、自分と母の関係をあらためて振り返り、感謝の気持ちを深めることができる大切な機会です。
今回は、そんな特別な日にぜひ身近な人と読んでほしい、子を思うお母さんの愛の深さが胸に響く実話をお届けいたします。

(語り手は諏訪中央病院名誉院長・鎌田 實さんです)

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生きる原動力は「誰かのために」

〈鎌田〉
僕が看取った患者さんに、スキルス胃がんに罹った女性の方がいました。余命3か月と診断され、彼女は諏訪中央病院の緩和ケア病棟にやってきました。

ある日、病室のベランダでお茶を飲みながら話していると、彼女がこう言ったんです。

「先生、助からないのはもう分かっています。だけど、少しだけ長生きをさせてください」

彼女はその時、42歳ですからね。そりゃそうだろうなと思いながらも返事に困って、黙ってお茶を飲んでいた。すると彼女が、

「子供がいる。子供の卒業式まで生きたい。卒業式を母親として見てあげたい」

と言うんです。9月のことでした。彼女はあと3か月、12月くらいまでしか生きられない。でも私は春まで生きて子供の卒業式を見てあげたい、と。

 子供のためにという思いが何かを変えたんだと思います。奇跡は起きました。春まで生きて、卒業式に出席できた。

こうしたことは科学的にも立証されていて、例えば希望を持って生きている人のほうが、がんと闘ってくれるナチュラルキラー細胞が活性化するという研究も発表されています。おそらく彼女の場合も、希望が体の中にある見えない3つのシステム、内分泌、自律神経、免疫を活性化させたのではないかと思います。

さらに不思議なことが起きました。彼女には2人のお子さんがいます。上の子が高校3年で、下の子が高校2年。せめて上の子の卒業式までは生かしてあげたいと僕たちは思っていました。でも彼女は、余命3か月と言われてから、1年8か月も生きて、2人のお子さんの卒業式を見てあげることができたんです。そして、1か月ほどして亡くなりました。

 彼女が亡くなった後、娘さんが僕のところへやってきて、びっくりするような話をしてくれたんです。

僕たち医師は、子供のために生きたいと言っている彼女の気持ちを大事にしようと思い、彼女の体調が少しよくなると外出許可を出していました。

「母は家に帰ってくるたびに、私たちにお弁当を作ってくれました」

と娘さんは言いました。

彼女が最後の最後に家へ帰った時、もうその時は立つこともできない状態です。病院の皆が引き留めたんだけど、どうしても行きたいと。そこで僕は、

「じゃあ家に布団を敷いて、家の空気だけ吸ったら戻っていらっしゃい」

と言って送り出しました。ところがその日、彼女は家で台所に立ちました。立てるはずのない者が最後の力を振り絞ってお弁当を作るんですよ。その時のことを娘さんはこのように話してくれました。

「お母さんが最後に作ってくれたお弁当はおむすびでした。そのおむすびを持って、学校に行きました。久しぶりのお弁当が嬉しくて、嬉しくて。昼の時間になって、お弁当を広げて食べようと思ったら、切なくて、切なくて、なかなか手に取ることができませんでした」

お母さんの人生は40年ちょっと、とても短い命でした。でも、命は長さじゃないんですね。お母さんはお母さんなりに精いっぱい、必死に生きて、大切なことを子供たちにちゃんとバトンタッチした。

人間は「誰かのために」と思った時に、希望が生まれてくるし、その希望を持つことによって免疫力が高まり、生きる力が湧いてくるのではないかと思います。


(本記事は月刊『致知』2012年7月号 掲載「致知読者の集い」の講演録から一部抜粋・編集したものです)

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◇鎌田 實(かまた・みのる)
諏訪中央病院名誉院長、地域包括ケア研究所所長。チェルノブイリ原発事故後の1991年より、ベラルーシの放射能汚染地帯へ100回を超える医師団を派遣し、約14億円の医薬品を支援。2004年からはイラクの4つの小児病院へ4億円を超える医療支援を実施、難民キャンプでの診察を続けている。東北をはじめ全国各地の被災地に足を運び、多方面で活動中。著書に『がんばらない』(集英社)など。

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