人の喜びは我が喜び。アップライジング社長・齋藤幸一の人間力経営

栃木県宇都宮市に本店を構える中古タイヤ販売店・アップライジング。無理に「売らない」販売姿勢を貫き、県内トップクラスの販売実績を誇っています。2016年のホワイト企業大賞では「人間力経営賞」を受賞。その経営の特色の一つは、障碍者や引きこもり経験者をはじめ、出所者、元薬物中毒者まで様々な事情を抱えた人物を積極的に雇用している点です。創業者であり社長の齋藤幸一さんに、現在の経営に至ったいきさつを、人生の歩みと共に振り返っていただきました。

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すべてを恨んで生きていた

〈齋藤〉

私がリングを降りる決意を固めたのは24歳の時です。因縁のライバルに打ち勝つため、プロボクサーとしてがむしゃらに戦っていたのですが、そんな私をいつも温かく見守ってくれていた母が病気で亡くなり、真剣に戦う意味を見失ってしまったのです。 

その後は生活のため、ネットワークビジネスに手を出し失敗。借金を抱えて栃木の実家に帰ると、株で大損した父が母の遺品を売り払っており、頭に血が上って家を追い出してしまいました。当時はネガティブな感情の塊で、同居を始めた妻にいくら励まされても前を向けませんでした。

しかし娘を含めた3人の生活費が一日500円未満という極貧生活が続き、300円のパンを巡って妻と口論になった時、「ここから抜け出そう」と始めたのが中古品買取でした。

ちょうど父が地元に戻って粗大ゴミ回収を始めており、何度か会ううちに触発されたのです。弟を誘い、父と三人で「くずやの齋藤」を立ち上げたのはこの時です。特にタイヤはまだ使えるものが多く、ネットオークションに出せば売れたため、品揃えを中古タイヤに特化していきました。

ただタイヤを自宅で大量に保管し、生活が窮屈になったことでまたも父と衝突、今度は私たちが追い出されてしまいました。そこで宇都宮市内に25坪の倉庫を借り、2006年、30歳で弟と中古タイヤ専門店・アップライジングを立ち上げたのでした。

以降、仕入れ先を地道に広げながら社員を採用していきましたが、思いも寄らないことが起きました。何と創業2か月で弟が独立。県内初のライバル会社となったのです。私は父に加えて弟をも恨むようになっていきました。

私を変えた恩人のひと言

そんな私を支えてくれたのが妻でした。妻は私と企業研修に参加し、そこで学んだ朝礼や「出逢いとご縁に感謝」という言葉を軸に会社の基盤づくりに協力してくれました。

そうして2年後に借金を完済できたのですが、久々に前職時代の上司と食事をした際のひと言が私を決定的に変えました。

「人の悪口ばっかりじゃご飯もおいしくなくなるよ。齋藤君、他人を赦すんだよ」

無意識のうちに、他人の愚痴ばかりをこぼしていた自分にはっとしました。人を憎んでも何一ついいことはない。父や弟が私をどう思っても、私は二人を赦そう。そう気持ちを切り替えると楽になり、社員がミスをしても感情的にならなくなっていきました。

それから間もなく父が倒れたとの知らせが入り、すぐに弟へ連絡。一日ずつ交代で父を看病する中で次第に弟との距離も縮まり、最終的には弟が会社に戻るなど三人で和解することができたのでした。

東日本大震災が起き、近隣の経営者に誘われて被災地へ炊き出しに赴いたのはこの頃です。あれは学校の体育館へラーメンを配達した時のこと。私が器を手渡した一人のおばあちゃんが、突然ボロボロと涙をこぼし始めたのです。

「わざわざ栃木から来て、元気出してって言ってくれるそのことが嬉しいのよ」

 それを聞いて、私の中で何かがガラリと変わりました。

〝人の喜びは我が喜び〟、人を喜ばせるのはこんなにも嬉しいのだと実感したのです。

「売らない」タイヤ店へ

当社はいま社員に売上ノルマを与えず、「売らない」タイヤ店として多くの方にご愛顧いただいています。こう言うと意外に思われるでしょうが、事業は儲けよりもお客様、社員の喜びのためにあるというのが私たちの思いなのです。

一般のお店ではよく、「早く換えないと危ないですよ」などと言ってタイヤ交換や新品の購入を勧めていますが、当社では「まだ一年は履けますね」「こっちの中古のほうが安いですよ」と、一見利益に繋がらない売り方をします。

しかしお客様はそんな私どもを信頼してくださり、修理や交換、相談のため定期的にご来店いただけるようになるのです。現在まで業績を伸ばしてこられたのは、この姿勢を率先し続け、社員の理解を得られたからだと思います。

身体障碍者、元薬物依存症者、生活保護受給者─数年前から当社では、いろいろな事情を抱えた社員を積極的に受け入れています。こうした人を雇うことに大半の会社は躊躇しますが、ほとんどの場合、彼らの能力を閉じ込めているのは経営者側なのです。

実際、初めて直接雇用に踏み切った身体障碍者の女性は何をやらせても不器用で頭を悩ませました。しかし社員からの提案で不可能に思えた大型タイヤの仕分けを任せると、彼女自身も気づかなかった力を発揮し、現在は現場リーダーとして活躍しています。

また、薬物依存に陥って親に勘当されたある社員は、私が毎日朝礼で唱える「親、祖先、太陽、月に感謝」に感化され、親と15年ぶりに和解。すっかり社会復帰を果たし、日々仕事に邁進しています。

おかげさまで当社の売り上げは4億8千万円を超え、群馬県太田市の支店も併せて約70名がいきいきと働いています。多様な背景を持った社員を迎え入れ、経営者と社員、また社員同士が本音で付き合う中で、お客様の喜びを心から願って行動できるようになってもらう。こんな会社が増えれば日本は絶対によくなっていくと確信しています。

他人も自分も幸せになる。そんな最高の会社になることを目指して、これからも最愛の妻や社員の皆と日々精進を続けたいと思います。


(本記事は月刊『致知』2019年12月号 連載「致知随想」から一部抜粋・編集したものです)

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◇齋藤幸一(さいとう・こういち)
1975年栃木県宇都宮市生まれ。作新学院高校英進部から法政大学経営学部へ進学。高校、大学時代にボクシング部のキャプテンを務めた。プロボクサーとなるが24歳で引退。2006年有限会社アップライジングを設立し代表取締役社長に就任。

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