【WEB限定/著者インタビュー】自選詩集「支える側が支えられ 生かされていく」発刊に寄せて——藤川幸之助さんに聞く【前編】

この春、致知出版社から初の自選詩集となる『自選 藤川幸之助詩集「支える側が支えられ 生かされていく」』を発刊した詩人・藤川幸之助さん。20年以上に及ぶ認知症の母の壮絶な介護体験から、人々の心を支え、励ます珠玉の詩を数多く紡ぎ出してきた藤川さんの体験や作品は「NHK EテレハートネットTV」や『朝日新聞』の「天声人語」などでも取り上げられ、大きな感動と反響を呼んでいます。自選詩集発刊を記念して、詩集制作秘話、詩集に込めた思いや心に残る作品について語っていただいた特別インタビューを2回に分けてご紹介させていただいます。

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★担当編集者が詩集への思いを綴ったnote記事はこちら 

タイトルに込めた思い

Q:自選 藤川幸之助詩集「支える側が支えられ 生かされていく」の発刊、おめでとうございます)

(藤川)

ありがとうございます。私はこれまで認知症の母のことを書いた詩集を7冊刊行しています。第1冊目の詩集『マザー』から30年間、母が亡くなるまで母の症状に沿って詩集を順次出してきました。

この730年間に書いた詩およそ350篇の詩の中から62篇の詩を自選し、その詩篇のために描いたイラストも配して本書をつくりました。多くても40篇前後というのが詩集では通常ですので、いくら厳選したとはいえ62篇は多すぎて、分厚く重たい本のできあがりを予想していたのですが、本書のようにコンパクトで軽い本になるとは編集の妙。驚きました。

Q:詩集のタイトルにはどのような思いが込められているのですか?)

(藤川)

本書の題名ですが、ある光景を見たのがきっかけでした。

ある日、信号待ちをしていると、横断歩道をはさんで反対側に赤ん坊を抱いた若いお母さんがいました。その時、突然、私たちの間を大きなダンプが砂埃を立てて通り過ぎました。通り過ぎた後、前を見ると若いお母さんは赤ん坊をしっかりと抱き締め、横断歩道に背を向けていたんです。

その時、私はふと思ったのです。あの赤ん坊がいるからこそ、あの若い女性は母親然としているのだと。胸に抱いた赤ん坊が、あの若い女性から母性や勇気、優しさという人間性を引き出しているように思いました。育てる側の母親が、赤ん坊に育てられていたのです。

私もそうだ。母が認知症にならなかったら、こんなふうに母のことを思いやっただろうかと思いました。母が認知症になって、認知症の母が目の前にいてくれたからこそ、私は母のことを思いやり、母のことを考え、母の痛みを自分のこととして感じてきたのだと思いました。認知症の母の存在が、私の心の中から母を思いやる気持ちや優しさを引き出しながら、私を育ててくれていたのです。支える側の私が、認知症の母に育てられ支えられていたのです。

介護や教育、子育てなど命が命に寄り添うという行為においては、片方が支え、教え、育てているように見えますが、実は互いに命と命が育み合っているのではないかと思い、この詩集には『支える側が支えられ、生かされていく』とタイトルを付け、本の扉を開けたところに

支える側が支えられ

教える側が教えられ

育てる側が育てられる

と、記しました。

Q 詩集の制作過程で一番大変だったことは?)

(藤川)

本詩集を読んだ人からよく言われる言葉があります。「今度の詩集は編集がいいね。」と、詩の並べ方やイラストの配置など編集をよく褒められます。

私も全くその通りだと思っているのですが、「編集はおいといて詩の方はどうなんだ」と聞き返したくなるほどです。本詩集の編集は致知出版の小森俊司さんなのですが、彼の意向で詩を時系列に並べ、その時期折々に父の年齢、母の年齢、私の年齢を入れることになったのです。

その編集方針を聞いた時、これは大変なことになったと思いました。母が認知症と診断された前後を入れると30年近くの間、350篇ほどの詩を書き繋いできましたが、私の中ではそれらの詩篇は時系列ではなく、印象が強い順に並んでいるのです。これまで時間軸を意識して詩を書いたこともなく、そもそも私は時系列に物事を考えることがはなはだ不得意なんです。

しかしながら、時系列の正確なところはもちろん、この私にしか分かりませんので、この作業は体験した私にしかできません。まず350篇ほどの詩をすべて印刷・コピーして時間軸にあわせ並べました。この作業に骨が折れました。いくら自分で体験し書いた詩でも、もうすっかり忘れていることもあります。

詩を書く時から時間軸を意識していないのもあって、この作業に1か月ほどかかりました。そして、どれも自分の生み出した詩なので捨てきれずに62篇の詩を選ぶのにさらに1ヶ月ほどかかりました。

Q:詩を時系列に並べて見えてきたことはありましたか?)

(藤川)

詩を時系列に並べ、詩をチョイスするのは大変な作業でしたが、そのおかげで見えてきたこともありました。詩を一篇一篇読み、時系列に机の上に並べながら、30年間の認知症の母の介護の日々を俯瞰して見ることができたのです。

詩は私の内側で書かれたものですから、これまでこの私から離れることはなかったのですが、時系列に並べて時間軸に沿って一つひとつの詩を読んでみますと、まるで外側から自分ではない一人の人間の人生を見るようでした。

悩み、悲しみ、怒り、時には喜びながら、一つひとつの出来事や感情と折り合いをつけて受け入れて、自分の人生を引き受け、少しずつ変わっていく自分自身の姿が見えてきました。一人の人間として泥臭く生きる自分の姿を見つめることができたのです。この人生は私ものであって誰にも体験することはできないものだとも感じました。この人生は私自身で歩むしかない道だったのです。

「おまえの人生は不幸だなあ」と言われたことがありました。母が認知症になり、介護を引き受け、めまぐるしくいろんな出来事が私のまわりに起こったからだろうと思います。確かに、辛く悲しい思いもいっぱいしました。でも、それは不幸ではなく、私の人生そのものなのだと思ったのです。

 (「刊行までのいきさつ」「自選詩集の読みどころ」など後編の配信は4月6日(月)12時となります)

◇藤川幸之助(ふじかわ・こうのすけ)

昭和37年熊本県生まれ。小学校の教師を経て、詩作・文筆活動に入る。認知症の母親に寄り添いながら命や認知症を題材にした作品をつくり続ける。また、認知症への理解を深めるため全国での講演活動にも取り組んでいる。『満月の夜、母を施設に置いて』『徘徊と笑うなかれ』(共に中央法規)、『マザー』『ライスカレーと母と海』(共にポプラ社)など著書多数。

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