アドラー心理学の第一人者・岩井俊憲が説く「令和時代の経営者にアドラー心理学が必要な3つの理由」

 

日本では当時ほとんど知られていなかったアドラー心理学と出逢って35年――。船井総研の船井幸雄氏から「勇気づけの本物の伝道師」として称賛されるなど、アドラー心理学を日本に広めた第一人者として、経営者層からの支持も厚いヒューマン・ギルド社長の岩井俊憲氏。18万人以上にアドラー心理学の研修・カウンセリングを行ってきた岩井氏による、初めての経営者向けアドラー心理学の書籍『経営者を育てるアドラーの教え』から一部をご紹介いたします。

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経営者にこそアドラー心理学が必要な3つの理由

私は35歳で会社を退職したあとアドラー心理学を学び始めましたが、学ぶほどに「経営者にこそアドラー心理学が必要だ」という思いに到りました。なぜアドラー心理学が経営に役立つのでしょうか。

それには大きく3つの理由があります。  

第1の理由は、会社にはさまざまな個性を持つ人間が参加しているということです。

会社を成長させるために、経営者はそうした人間の能力を正しく評価し、引き出していかなくてはいけません。そのためには「人間をどう見るか」という人間観が絶対に欠かせません。人間を肯定的に見るか否定的に見るかによって、その人の見え方は全く違ってきます。

アドラー心理学では人間を肯定的に見ることを教えます。そして、そういう人間観に基づいて見れば、人間には無限の可能性があるのです。経営者がそうした人間観を持つことが会社を成長させるもとになると私は思っています。

 第二の理由は、アドラー心理学は、過去の原因は問わず、未来に向けて何ができるかを模索するものだということです。

この考え方は会社の目的・目標を見るということにつながり、非常に未来志向です。過去の失敗を反省することはもちろん大切ですが、原因追及ばかりでは成長できません。これは人も会社も同じです。過去の反省を踏まえ、未来に向けて何ができるかを考える。それが社員のモチベーションを高め、会社を前進させる力になります。その点で、未来志向のアドラー心理学は経営に適していると言えるのです。 

第三の理由は、アドラー心理学のベースにある「勇気づけ」という考え方が組織を元気にするということです。

実際に、アドラー心理学を学んだ経営者が非常に生き生きとして元気になるという例をたくさん見ています。経営に自信が持てるようになると同時に、人間の可能性を信じることによって「自分だけがひたすら頑張らなくても自分のチームの中に優れた人材がいる」ことに気づくようになります。この経営者の気づきが社内全体を活気づけることにつながります。社内コミュニケーションがよくなり、モチベーションが上がります。

社員が「社長は変わった」と思うようになると、経営者のビジョンも浸透しやすくなるのです。 日本人はネガティブ探しが得意です。あそこが悪い、ここが悪い、親が悪い、周囲が悪いと欠点ばかり探しています。でも、意外に見落としているのは自分自身の可能性です。

自分自身を見つめて自分の中にあるリソース(資源)・可能性を探してみると、意外にもたくさん見つかります。「自分は大したことない」と思っている人でも、自分で自分を振り返り、周囲の人に自分のいいところを言ってもらうなどして、それを自分自身にフィードバックすると、いろいろな可能性が見つかってきます。

その結果、「そうか、自分にはこういういい面があるんだな」「今までの生き方は間違っていなかったな」と、自分を肯定的に見ることができるようになるのです。それが自信となって、可能性が開花していくのです。  

ネガティブな面にばかり目を向けていると、そうした可能性を発揮できません。また、それを相手のニーズと結びつけることもできません。これは非常にもったいない話です。先に言ったようにアドラー心理学は人間を肯定的に見ようとしますから、一人ひとりの可能性を引き出すために非常に効果的なのです。  

ただし、アドラー心理学が過去の原因を問わないと言っているのは、人間の行動についてです。経営手法について問題が生じれば、それは原因を探して是正する必要があります。もっとも原因探しするといくらでも出てきますし、どうでもいいような夾雑物も混じります。そういう点では、失敗の原因追及ばかり行うのは無意味ですし、とりわけ人間の行動に関してそれをやることは望ましくないのです。 

どちらが勝つ? 全力を出した4人組と手抜きした8人組の綱引き

リンゲルマンというフランスの農学者がやった「綱引き実験」というものがあります。

1対1で全力を出して綱引きをしたときの力の単位を100としたとき、各々がもう一人ずつ連れてきて2人対2人で綱引きをやると、一人当たりの発揮できるパワーは100から上がるか下がるか。3人1組で綱引きをやるとどうなのか。もう少し人数を増やして8対8だとどうなるかということを実験したのです。  

リンゲルマンの実験では、2人1組のときにそれぞれが発揮する力は1対1のときの93%になりました。つまり、7%の手抜きをしていることがわかりました。これが3人1組になると一五%の手抜き、八人一組の場合はなんと51%の手抜きが見られるという結果が出ました。

このデータにしたがえば、全力を出す4人と手抜きをする8人で綱引きをすると、全力を出す4人のほうが勝つことになります。これは「社会的手抜きの実験」と呼ばれるものです。  

ここで言えることは、よく営業軍団がやるように「一丸となって事に当たろう」というのは確かに勇ましいけれども、実は手抜きを誘発しているということです。私は営業系の研修をして営業部員の本音を聴いていますが、ハチマキをして営業部長の前で盛り上がって「出陣!」と言って威勢よく会社を出るけれど、向かうのは客先でなくて大体、喫茶店なのです。

要は、同じ立場の仲間がいると責任が分散し、自分がやらなくてもあいつがやるだろうと考えて、手抜きを誘発することになるのです。だから大事なのは、各自に責任を割り当てることです。  

チームのメンバーにはそれぞれ個性があります。アドラー心理学では、一人ひとりがユニークだと考えます。ユニークというのは、「かけがえがない」「取り換え不能」ということです。ところが、そのことに気づかない上司が多いのです。

気づいていれば、同じ軍団であっても君には主にこういうことをやってほしい」「あなたにはこういうことを期待する」と、それぞれに役割を与えることができるはずです。それは人それぞれの違いを活かすということです。 それをうまく活かしたのが桃太郎です。桃太郎は犬だけ連れて鬼ヶ島に行ったわけではありません。まず、おばあさんのつくったキビ団子を持っていきました。

これは勇気のシンボルであり、また戦うときの食糧です。桃太郎の仲間となった雉は、鬼ヶ島を上空から視察して敵の配備がどうなっているかを見て帰ってきました。そして、敵の情報を猿に知らせて相談しました。だから雉は情報のシンボルです。そして猿は参謀で、智慧のシンボルです。この雉の情報、猿の智慧を得た桃太郎は、犬とともに突撃して鬼退治を果たすのです。  

この桃太郎の話のように、会社の中でも一人ひとりがそれぞれ違った領域で優れた技量を持っているはずです。だから、経営者は各人がどういう技量を持っているのかをしっかり把握することが大事なのです。チーム内にいる優れた人を活かすとはこういうことです。それが適材適所につながるのです。 とかく従来の組織は「みんなで一致団結して頑張ろう」という気合系が幅を利かせていました。

しかし、それが隠れ蓑になって右へ行ったり左へ行ったりするだけで、責任もあいまいなままでした。これからの時代、これでは生き残れません。成果を生む協力をするために何が必要かというと、それぞれの違いを認めることなのです。

そして、違いを認めるとは、各人のユニークさを大切にするということです。 ところが多くの経営者は、自分より優れた社員がいてもなかなか認めたがらない。自分にないものを持っていると嫉妬して、能力を引き出すのではなく、叩き潰そうとします。

「どちらかが、相手を裏切りそうだという固定した考えを持っていれば、幸福になることはできない」(『個人心理学講義』)とアドラーは言っていますが、経営者が社員の優れた能力を潰そうとする姿勢を見せると、立場が下の社員は服従するしかないのです。

そして、力を発揮しないまま働き続けることになります。 そのときに経営者が能力を認めて突き抜けさせてやれば本人は成長するし、会社にとってもいいことなのに、それをやろうとしないのです。これではなかなか経営はうまくいきません。

 

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◇岩井俊憲(いわい・としのり)
昭和22年栃木県生まれ。45年早稲田大学卒。外資系企業(GE社の合弁会社)に入社して翌年、受験者最年少の23歳で中小企業診断士試験に合格。26歳で販売会社のセールス・マネジャー、28歳で本社の総合企画室課長(30歳で人事課長も兼務)に抜擢された。しかし、企業の業績不振に加え、GE社の日本撤収に伴い、従業員半減のリストラ策を立案・断行。自らも辞意を決し、同時に仕事、家族、財産の三つを失う。その後、13社からのオファーを蹴って、二間のマンションでゼロからの再出発を誓い、知人の紹介で不登校支援の塾を手伝うように。その傍ら、日本では当時ほとんど知られていなかったアドラー心理学との出逢いを果たし、3年のうちにアドラー心理学指導者資格を取得。1985年、アドラー心理学の普及などを目的にヒューマン・ギルドを設立。船井総研の船井幸雄氏から「勇気づけの本物の伝道師」として称賛されるなど、アドラー心理学を日本に広めた第一人者として、経営者層からの支持も厚い。35年間に及ぶ経営者体験に加え、カウンセリングやコンサルティングにも従事。アドラー心理学をベースとした研修や講演を受けた人は、これまで18万人以上に及ぶ。著書は『人を育てるアドラー心理学』(青春出版社)、『アドラー流リーダーの伝え方』(秀和システム)など50冊を超える。最新刊に『アドラーに学ぶ70歳からの人生の流儀』(毎日新聞出版)がある。本書は、経営者を対象としたアドラー心理学の初の著書となる。

『経営者を育てるアドラーの教え』(岩井俊憲・著)

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