【WEB限定連載】義功和尚の修行入門——体当たりで掴んだ仏の教え〈第54回〉北海道の大地を3か月かけて回る

小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国を托鉢行脚されました。四国から紀伊半島を巡り、新宮、伊勢、知多、名古屋などを回りました。修行の旅路はいよいよ終盤を迎え、北海道を経て再び本州に戻ります。

慰霊の「奥尻島」訪問

全国行脚といっても地味な修行である。毎日、托鉢をし、それを繰り返すだけだ。それで果たして全国を廻り切れるか。それが私の唯一の課題である。廻り切れたら何か掴めるのでは? そうした期待を込めて托鉢を続けていた。

同時に、今日はこんなドラマがあった。翌日はこうした出会いに感動した。また、次々に面白いこと、珍しいことに遭遇するかといえば、そうしたものでもない。さて、これからは旅路のポイントを絞り込み、行脚の速度を速めて振り返る。

名古屋から北へ。岐阜、富山、佐渡ヶ島、山形、秋田。そして、青森まで来た。それからフェリーに乗って北海道に渡り、函館駅前の旅館で一泊。感無量であった。

〈次は奥尻島だ〉

九州では普賢岳の噴火による火砕流の現場を見た。見ると聞くとは大違い。大変な衝撃を受けた。この奥尻島も平成5(1993)年の北海道南西沖地震による津波の被災地である。慰霊を兼ねて是非その現場を見ておきたかった。

托鉢しながら大野町で一泊。ここから函館市から江差町に至る国道227号線を江差に向かったが、商店街らしいものがない。道路は舗装されているがここからは山道である。人家がない。自動販売機もない。川はあるが国道から急斜面の谷底である。水がない。

青森までなら歩けば家がないわけではない。ところが行けども行けども家がないのである。怖くなった。幸いトラックのドライバーに救われ江差まで送って頂いた。その距離を地図で調べたら48キロである。その間、家もなければ水もない。北海道は桁違いにスケールが大きいということを初めて理解した。

ならばどうするか。発想の転換である。交通機関を利用して町から町を移動する。そして托鉢をする。この夏に始動し秋までに北海道を抜けなければ、豪雪を前に立ち往生してしまう。行脚もそこで挫折だ。

その決意をしてからの主要なコースを列記すると、室蘭、苫小牧、札幌から稚内。さらに日本の最北端、礼文島に渡った。再び稚内から宗谷岬を辿りオホーツク海を南下。網走、根室、釧路、帯広から広尾、札幌に戻り、更に小樽から函館。青森行きフェリーに乗船したのが10月12日。北海道はちょうど3か月で回ったことになる。

「夏に行って、雪が降る前に北海道一周とは上出来。うまく回ったね」と感心してくれた人もいた。しかし、不思議である。「夏には北海道を」と計画して行脚したわけではない。実際、クルマならともかく徒歩では無理だ。

それがうまい具合に3か月で回り切れた。しかも、ここでも何故か霊感のあるSさんと関わった。その男性が稚内から宗谷岬、さらには網走まで341キロ。長距離をクルマで走行してくれた。左にオホーツク海。右は平坦な草原地帯……。また、その後も札幌、小樽、函館。しかも、その間私の宿泊先までいくつか紹介してくれた。

このご縁がなければ北海道を3か月で一周することは不可能であった。また、砂川市の弘法寺さんの御接待を頂いたり、経済的にも行き詰まることもなく、乗り切ってしまった。四国八十八か所も不安であったが、それもご縁のある人たちの御蔭で回ってしまった。不思議である。

青森から南下し中部から関西へ

青森から太平洋岸を南に下った。途中、福島に入り、霞ケ浦、千葉。ほぼ太平洋岸を西に進み、名古屋から鈴鹿、上野、奈良に出た。そこから大阪。そして神戸に向かった。

平成7(1995)年1月17日のこと。私は千葉にいた。高野山専修学院で修行した同期生の寺、寶積寺(ほうしゃくじ)。副住職さん(当時)の部屋で一緒に寝ていた。朝、5時10分ごろ住職が起きた。しばらくしたら、テレビの声が鮮明に聞こえてきた。

「地震だ。神戸。洲本(淡路島)。震度6。(震源地は)地下20メートル……」

断片的に聞こえてくる。それから私たちも起き出してテレビの前で釘付けになった。神戸市長田区は火の海だ。高速道路門が寸断されビルが傾く。余震は続く。いつ治まるか。恐怖の坩堝(るつぼ)である。その画面を見ながら〈今から救援に行くか? しかし、私がお経を上げるだけでは。それとも何か他に……〉。

アタマではクルクル回転したが、托鉢で日々過ごしている僧が、〈行ったところで、迷惑をかけるだけだ〉と諦め、そのまま行脚を続行した。

神戸市長田区の長福寺を訪ねる

大阪まで来た。阪神淡路大震災の被災地は是非訪ねたい。神戸市長田区には禅宗時代の兄弟弟子である長福寺の住職がいる。

5月15日、長田駅を下りた。すでに4か月が経過していた。その日は雨降りであった。ビニールで囲った店舗を構えて商売を始めている人がいた。人間の逞しさというか、度肝を抜かれた。それも一軒二軒ではない。何軒もあるのだ。

長田神社に参拝し、その裏手にある長福寺さんの庫裏。その玄関に立った。7年か8年振りの再会である。嬉しいものだ。早速、和室に通された。

〈おお、凄まじい〉。見ると白壁に大きな亀裂が入っていた。それから、茶の間で一服してから境内に出た。本堂には異常はない。しかし、その西側である。そこに並んでいた7件の借家が全て倒壊していた。これには息を飲んだ。

この後、住職と自転車に乗って長田区の主要な被災地を見て回り、再び茶の間に来ると震災の話で持ち切りになった。

「震災の前夜。長女の七海(1歳)が私の隣に寝るんですが、その日に限って愚図るんです。いつまでも愚図るので家内に預けたんです。すると地震が来てそこに箪笥が倒れたんです。寝て居たら死んでいたかも」

住職は宙に視線を向けて沈黙した。それからまた、話を始めた。

「何年前のことであったか。本堂のご本尊、虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)様のお社(やしろ)が窮屈で、正面から見ると、横木で額から上が隠れている。そこでお社をゆったりとしたものにしようと思いつつ、そのままになっていた。そこに地震が直撃した……。横木があった御蔭で倒れなかったんです」

ホッと息をついた。理屈ではない。この御本尊様がこの寺を護った、我が娘を護って頂いたと。その住職の表情に、その信仰が現れていた。

つづく

          〈第55回の配信は3/4(水) 12:00の予定です〉

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小林義功
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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。

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