【WEB限定連載】義功和尚の修行入門——体当たりで掴んだ仏の教え〈第53回〉虚無僧の寺から白崎海岸へ

小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国を托鉢行脚されました。高野山を後に、熊野街道を南下し紀伊半島西部の海岸方面に。途中、尺八をもち深編み笠を被る半僧半俗ともいうべき虚無僧について黙考します。

由良町「興國寺」に足を止める

紀伊半島西部にある湯浅町から南下、由良町を托鉢していると興國寺という寺があった。閑静な寺だ。人の気配が全くない。興國寺の看板があり、その由来が記されていた。

「虚無僧(こむそう)の寺」。意外な文字にハッとした。臨済宗……。禅宗か? 虚無僧のもとは普化(ふけ)か。この人物については臨済宗の宗祖、臨済義玄(ぎげん)禅師の書『臨済録』にある。住所不定である。ボロボロの衣で何処にでも出没する。貴賎の隔たりがない。自由自在だ。

問答ともなれば、高僧の臨済和尚でも容赦はしない。大胆に激しく行動し舌鋒鋭く反撃する。その切り込みが鋭い。悟っているのか、あるいは悟っていないのか、その判別も定かではない。しかし、その発する言動が核心を突き緊張を高め、この書物の魅力を格段に増大させている。それはこの人物の功績による。

それはともかく虚無僧とは。尋常ではない。尺八をもち深編み笠を被る。独特のスタイルで登場する。何やら曰くありげである。

「何故、顔を隠すのか」。僧侶なら顔を隠す必要はない。刀を差している。ということは武士か。後日、知人に調べてもらった。説明は結構あるがそれをヒントに推察すると。江戸時代、家督は長男が継ぐ。それが武家である。

娘は嫁に行くとして、二男、三男はどうするか。僧侶になる道がある。僧侶で優秀ならば石田三成のように出世できる。藩主の相談役にもなれる。あるいは格式の高い名家といえど、娘ばかりでは御家断絶。そこで二男、三男が婿養子に入る。

また、剣道指南の腕前が免許皆伝ともなれば道場を開くとか、自立する道はさまざまである。しかし、そうしたいずれの道からも閉ざされ、かといって長男の居候では……。そうした武士もいた。出家まではしたくない。学問も剣道もそこそこだが自立はできない。

だが、家を出る。行くところがない。そこで、まずは虚無僧と。武士の身分は保証され、興國寺の弟子だと名乗れば世過ぎができる。諸国を巡る、それもできたか。遊行(ゆぎょう)するうちには大名にご縁を得て、そこに落ち着くとか。中には藩主の命で他国を歴訪し偵察する。それもあっただろうか。

真っ白な岩と紺碧の海

午後、国道42号線(熊野街道)を南へ。白崎海岸に出る。すばらしい。「真っ白な巨大な岩」が眼前に広がる。そこを歩いているとトンネルがあった。そのトンネルの中も外も白。見事に白一色だ。

その周辺も全体が白。そして、その西側には紺碧の海が広がっている。小島もある。そのコントラストがすばらしい。こんな景色は見たことがない。「この白さ。うーん、この白の美しさ」。万葉の昔からどうやら知られていたらしい。

ところで、この白い岩石であるが、これは石灰岩である。動物の骨とか貝殻が海底に堆積されたものだという。それにしても巨大だ。魚介類が堆積した……。恐竜やマンモスの墓場というのならまだしも、魚介類となると見当がつかない。謎である。

托鉢をしながらさらに南へ下る。また、宿泊を思いつつ…いつしか夕方になった。旅館がない。何時までも黙々と歩く。そして、夜も8時になった。

道路の右側に「○○荘」という旅館をようやく見つけた。すぐ玄関まで階段を上がり、声を掛けたが反応がない。何回も繰り返したが、やはり駄目だ。「参ったな」。期待で膨らんだ胸が急速にしぼんだ。

出立から6か月の道程を思う

「果たして、この先に旅館があるのだろうか」。不安が胸を突き上げる。しかし、返事がないのだから仕方がない。道路に出て黙々と歩き始めた。すると前方から男の人が歩いて来た。

「この旅館は誰もいないのですか?」。地元の人で、知り合いなのだろう。その人は、すぐに反応した。その旅館の玄関に回ると大きな声で怒鳴った。するとドアが開いた。「助かった」。宿泊も決まった。ご主人も親切であった。

鹿児島を出発してから、すでに6か月が過ぎた。不安を抱きながらも九州の旅も終え関門海峡を抜けた。そして山陽道を東へ明石まで来た。四国八十八か寺は遍路道。これも何とか乗り越えた。そして、今や和歌山のこの「○○荘」である。よく来たものだと思う。

「自力で来た」といえば ひとりで托鉢をして来た。だから、自力だとはいえる。しかし、托鉢一本でここまで来た。それはご縁の人たちのお陰があって、ここまで来れた。それが実感である。運がいいといえば運もある。だが、それだけではない。何かが働いている。そうとしか言いようがない。

つづく

          〈第54回の配信は2/19(水) 12:00の予定です〉

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小林義功
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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。

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