ゴディバ・ジャパン躍進に学ぶ、「正射必中」の経営 ジェローム・シュシャン×菅原義正

弓道の学びを経営に生かし、高級チョコレートメーカー、ゴディバ・ジャパンの社長として就任から5年で売上高を2倍に伸ばしたジェローム・シュシャンさん。その独自の経営改革の歩み、経営哲学の神髄を語っていただきました。※対談のお相手は、日本レーシングマネージメント会長の菅原義正さんです

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売り上げを倍増させた「4つの柱」

〈菅原〉 
きょうはせっかくの機会ですから、ジェロームさんがいかにして弓道の教えを経営に生かし、売り上げを5年間で2倍にされたのか、ぜひお聞きしたいと思っていますが、まずは社長就任の経緯について教えてください。

〈シュシャン〉 
リヤドロの社長を務めていた時に、「若武者」という5月人形が大ヒットしまして、業績を40%伸ばすことができました。それでたまたまヘッドハンティングの話があって、ゴディバの社長をやってくれないかと。

周りからは「ゴディバはすごく有名だから、いま以上にできることはない」「どうしていまさら」と疑問の声が多くありました。ただ、私はゴディバにすごく魅力を感じたんです。メレリオにしてもリヤドロにしても、非常に高価なため、誰でも買うことはできない。すごく限られている。

一方、ゴディバは高級感があって高いクオリティーがありながらも誰でも買える、どこでも買えるんですね。そこに可能性を感じて引き受けることにしました。

〈菅原〉 
どんなことから着手されたのですか。

〈シュシャン〉 
まず社長就任前に、様々な友人たちにゴディバの印象を尋ねると、「高級感があり過ぎてお店に入りにくい」「プレゼント用には買ったことがあるけど、自分で買って食べたことはない」といった回答が多くありました。実際、一般客を装ってゴディバの店舗に足を運んでみると、確かにそのとおりだと感じたんです。

それを踏まえて、打ち出した戦略プランが「アスピレーション(憧れ)&アクセシブル(行きやすさ)を実現する」というものでした。この戦略プランをもとに、具体的には主に4つの柱を立てたんです。

一つはブランドイメージ。これはテレビ広告を使って、ゴディバへの憧れを強化しようというものですが、最初は反対する人もいたんですよ。どうしてか。当時テレビ広告は安価なマス商品が多く、ゴディバは高級品だから合わないと。さらに皆が口を揃えて、「いや、そんなお金ありませんよ」と。

従来は雑誌や電車など、様々なところに広告を出していたんですけど、私はそれらの予算をテレビ一本にまとめて投じることに決めたんです。

〈菅原〉 
いろんな媒体に出していた広告をテレビに一点集中された。

〈シュシャン〉 
実際にテレビ広告を出すと、雑誌よりも商品のおいしさが断然伝わるんですよ。インパクトもあるし、話題を呼びました。

2つ目は、商品。ギフトだけではなく、頑張った自分へのご褒美として買っていただこうと。ゴディバのチョコレートを用いたアイスクリームを夏限定で発売したり、飲み物や焼き菓子など、新商品を開発したんです。

3つ目は、店舗。行きやすい、買いやすい店にするため、47都道府県すべてに直営店を出店するとともに、コンビニなどの新たな販売チャネルを開拓しようと。

4つ目は、研修。ゴディバのサービス理念や商品知識の理解を深めるための研修や、立ち居振る舞いやメイクなどのイメージアップ研修、部下の育成力を高めるコーチング研修など、様々な研修を実施し、スタッフのモチベーションを高めていきました。

これら4つのことを同時多発的に一気にやったんです。これがポイントで、少しずつ小出しにやっても目立たない。思い切ってやることによって、お客様も「あっ、ゴディバは最近変わったな」という印象を受ける。それが結果として功を奏したわけです。

弓道の学びを経営に生かす

〈シュシャン〉
ゴディバ ジャパンはこうして5年間で売り上げが2倍になったんですけど、そもそも私は5年間で売り上げを2倍にすると目標を掲げたことは一度もありません。全社員が正しいことをするよう心掛けてきた結果として、15%ずつ前年増になり、5年間で2倍になったんです。

〈菅原〉
ああ、そうですか。

〈シュシャン〉
むしろ私が社長に就任する前の3年間、既存店の売り上げや来客数は下がっていました。そういう中で、今年は15%増を目指そうと言ったところで、誰もついてこないと思うんですよ。

だから、目標はプレッシャーにならないように、5%増の予算を立てる。けれど、新商品は何にするか、どこに出店するか、どんな社員研修をやるか、といった毎日毎日やることは一所懸命ベストを尽くす。

これはいま日本の会社で一番足りないところだと思います。「これやれ、あれやれ」と上から命令されてもやる気って出ないでしょう。

私が社長に就任する前の3年間は、まさにそういう状態に陥りかけていました。予算を達成できなくて、社員のモチベーションが下がる。達成できないと、上の人は「もっとやれ」と命令する。これはよくないですよね。ですから、「明るく、楽しく」と「一所懸命」、両方大事です。

もっとも結果を狙うのではなく、プロセスを求めるというのは弓道の教えに基づいていまして、弓道には「正射必中」という言葉があります。

〈菅原〉
正射必中、ですか。

〈シュシャン〉
正しく射られた矢は必ず的に当たるという意味です。

例えば、矢を放つ前に「これ当たるかな」「いつ手を放そうかな」と思っていると、たいてい失敗するんですよ。ところが、そういうことに気を取られず、自分が練習してきたことを淡々と一所懸命やれば必ず当たるんです。

だから、弓道では的に当たる結果よりも、矢を放ち終わるまでのプロセスを大切にしています。プロセスを正しく行えば、結果は必ずついてくると。

ビジネスも同じで、売り上げ目標やノルマがあるじゃないですか。それだけを考えると、気を取られてうまくいかない。

私はビジネスの秘訣とは「当てる」ではなくて「当たる」ところにあると考えているんです。ビジネスにおける「的」はお客様のこと。お客様という的に「当てる」ことを狙わずに、「当たる」というヒット現象を起こすんです。

そのためには、お客様の気持ちと会社の行動が一体にならなくてはなりません。社員一人ひとりが我を捨て、「純粋な心」でお客様と向き合う。お客様の気持ちを素直に聞き、よいものをつくるために無心で仕事に向き合う。そうしてお客様と心が一体になった時に、本当のヒットが生まれるんです。

(本記事は月刊『致知』2017年1月号「青雲の志」から一部抜粋・編集したものです 

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◇菅原義正(すがわら・よしまさ)
昭和16年北海道生まれ。拓殖大学卒業。40年第1回モーターファン・コンバインドラリーに出場し、デビューを果たす。以後、国内のレースを中心に活躍する。44年日本レーシングマネージメント設立、社長に就任。58年パリ‐ダカール・ラリーに初出場し、平成20年世界最多連続出場(25回)がギネスに認定。その後も記録を更新し続け、28年に33回連続出場を達成した。世界最多連続完走20回のギネス記録も保持している。

◇ジェローム・シュシャン(Jereme Chouchan
1961年フランス生まれ。HEC Paris経営大学院卒業。1983年在学中に旅行で初来日したのを機に日本文化に興味を持ち、29歳で弓道を始める。フランス国立造幣局、ラコステ北アジアディレクター、LVMHグループ・ヘネシーのディレクター、リヤドロ ジャパン社長などを経て、2010年より現職。同年国際弓道連盟理事就任、2013年弓道錬士五段取得。著書に『ターゲット ゴディバはなぜ売上2倍を5年間で達成したのか?』(高橋書店)がある。

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