2020年01月08日
小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国を托鉢行脚されました。高野山の道中、虹の美しさに感動するとともに、偶然性や不思議さの奥深さについて改めて考えさせられました。
高野山の空に浮かぶ虹と母の面影
平成22(2010)年5月8日。89歳で母は他界した。葬儀には、母の日(5月第2日曜日)であったのでカーネーションの大きな束を頂いた。
それから1年。一周忌を済ませ、私は高野山に来た。奥の院の御廟で理趣経(りしゅきょう)一巻をお唱えした。母の御供養のためだ。
そして、再び御廟橋を渡り、参道を一の橋に向って歩いた。途中、参道を左に折れ、さらに右に折れた時、前を歩いていた御婦人が反転して空を見上げて喚いている。隣の御夫人も空を仰いで首を振っている。
「何だろう?」。私も天を仰いだ。すると虹が見えた。太陽を中心にして、丸い大きな虹が中天に浮かんでいる。
「えっ!」。息を呑んだ。「母の一周忌に……。この奥の院でこんな虹は見たことがない」と感動した。
「母が喜んでおられる証か。お大師さまが見せてくれたのか」。この偶然に感激した。しかも、さらに大きな虹が山の端に懸かっている。「丸い虹が二つも重って……」。心が躍った。幸せが胸いっぱいに広がった。
「有り難い。有り難い。南無大師遍照金剛。南無大師遍照金剛」としきりに唱えていた。この偶然を科学的に分析すれば、「たまたまそうなったのよ」と軽く鼻であしらわれるに違いない。だが、そう簡単に言い切れるものだろうか。
大日如来の上に華が落下する不思議さ
延暦23(804)年、お大師さま(弘法大師 空海)は遣唐船で入唐(にっとう)し、長安に着いた。そして、翌805年6月13日、お大師さまは真言宗第七祖恵果阿闍梨(けいかあじゃり)と面会するや、「大いに好し、大いに好し」と歓迎され、初対面にもかかわらず法を授かった。
初対面で……。弟子は1000名を超す。その弟子を差し置いてだ。これも偶然か。しかも日本から来た異国の僧に……。そして、その秘伝を実際に授けたのだ。その儀式が胎蔵界(たいぞうかい)の灌頂(かんじょう)である。
目隠しをして入壇し華を投ずるや、大日如来の上に落下。翌7月には金剛界(こんごうかい)の灌頂を受けた。またしても華を投ずるや、大日如来だ。
目隠しをして、沢山の仏が描かれている曼荼羅の上に華を投げた。それがいずれも大日如来。偶然といえばこれも偶然か。不思議といえばこれまた不思議。恵果阿闍梨自身も驚嘆している。
翌8月には、真言宗第八祖の阿闍梨としての伝法灌頂を正式に受与。恵果和尚(えかかしょう)から授かったお名前が大日如来に因んで「遍照金剛(へんじょうこんごう)」である。この不思議。偶然といって済まされるものだろうか。
話は脇道にそれた。その日は専修学院の修行仲間がこの本山で働いていた。そのご縁で大師教会にて食事を、案内してもらった部屋で宿泊させて頂いた。
小さな旅館に感じる温もり
高野山を下り西へ向い、和歌山県北西部の海南市に出る。宿泊するところはビジネスホテルが一軒しかない。しかし、そこは金額が高い。無理だと思い、カウンターで怯まず尋ねた。
「他に旅館はありませんか?」。すると親切に、「油屋という旅館がありますよ」ということで、すぐに外に出た。ところが場所が分からない。道は間違ってはいないはずだがない。買い物の籠を持った女性に尋ねると、「あそこです」と指で示す。
その方向に「油屋」という看板が見えた。しかし、泊まれるという保証はない。不安である。ボタンを押すとおばあさんが出て来た。
「宿泊できますか」と問うと、ちょっと間が空いた。緊張した。それから。「いいでしょ」と許可を頂き、ほっとした。部屋に案内され風呂に浸かり食事を頂いて、会話を始めると、「この旅館は私で7代目なんです」という。
「ほうー」と驚いた。決して大きな旅館ではない。それが7代も続いているとは。何か理由がありそうだ。特別目を惹くものもない。ただ、妙に安心感がある。信頼できるというか、人柄か。そこに温もりがある。
この温もりを守って7代か。説明はつかないが、そのおばあちゃんの人間に秘密がありそうだ。なるほどいい旅館だ。客にとって安らぐ旅館……。それが分かったように思う。
つづく
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小林義功
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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。