2020年01月05日
サミュエル・スマイルズ著『自助論』。300人以上に及ぶ西洋古今の偉人の成功談が収録され、刊行から150年以上が経ついまなお、世界的なロングセラーとなっています。本書を座右の書とする花王の前会長・尾﨑元規氏と、明治大学文学部教授の齋藤孝氏が、その魅力と教えについて語り合いました。
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最高の教育は生活と仕事の中にある
(尾﨑)
この本に登場する成功者たちは、もともと高い才能があったのでしょうけど、才能に驕らず日々コツコツと努力を続けてきた人ばかりですよね。その意味で私が好きな『自助論』の言葉がこれです。「最高の教育は日々の生活と仕事の中にある」。
この言葉に関して、花王の企業理念の中に「消費者起点の現場主義」という言葉がありましてね。これはどういうことかと言うと、消費者の生活の中に入って物事を見ていくと、消費者の思考やニーズの本質が分かってくる。そこに一番の学びがあると。
だから私は社長時代、海外に出張すると必ずと言っていいほど、消費者の家庭を訪問していました。例えばインドのニューデリーの下町なんかに行くと、水道の整備も十分ではなく、非常に水が少ないんですよ。でも、家庭の様子を見てみると、井戸から汲んできた水でまず神様にお祈りをし、自分の身を清め、水を大事に使って食器なども結構綺麗に洗っている。
そうすると、ここの国民は真面目で綺麗好きだから、経済的に豊かになるにつれて清潔に対して気を遣うだろうと。そういうことが肌で分かるんです。日々の生活と仕事の中に大切なものが詰まっているというのは、私自身の実感でもあります。
(齋藤)
この本はもちろん精神主義的なこともたくさん書かれていますが、時間の使い方とかお金の使い方といった実際的な方法論を説いている章もあるんですよね。例えば、時間術に関してネルソン提督のこういう言葉があります。「私の成功は、何事も決められた時間の15分前から始めたことだった」。
1日1時間でなくとも15分でいいから、その15分を毎日何かの勉強に充てれば、1年後に必ず進歩したことが実感できるだろうとスマイルズは解説しています。
(尾﨑)
「1日15分の使い道が人生の明暗を分ける」とも言っていますよね。時間を無駄にしないといういまのお話はビジネスにも直結する大事な教えだと思います。ある事案に対して、まずきちんと調査をし、傾向を分析し、仮説を基に計画を立て、実行し、検証と修正を行う。
いわゆるビジネス用語のRPDCサイクルですね。当然、この本にRPDCとは書かれていませんが、段取りをつけて仕事をすることの重要性を指摘しているわけです。「秩序立てて仕事をできない人間は才能の四分の三を浪費している」。これは素晴らしい教えだと思いますね。
勤勉の中に閃きが生まれる
(齋藤)
『自助論』の中に、教師のリチャード・セシルという人の言葉が紹介されています。「正しい手順は、箱や袋の中に物を詰めていくのに似ている。同じ広さなのに、上手に物を入れる人は下手な人の倍も入れてしまう」。
これも段取りだと思うんですね。合理的な手順に従うと物事が解決していく。混乱した状況の中で、ササッと全体像を把握して正しい手順が思い浮かぶ人と、そうではなくて何となく始めてしまう人とでは結果に大きな差が生じます。
では、どうしたら段取り力が身につくか。こう書かれています。「たくさんの事務ができるようになるための早道はない。一つのことをいますぐやってしまうことだけだ」。
(尾﨑)
だから、やっぱり日々の生活や仕事の中に大事な本質があるということですよね。それはコツコツとやっている人のほうが自分の身になると。
そういう点では、「知識の価値とはどれだけ貯えたかではなく、正しい目的のためにどれだけ活用できるかにある」「自らの汗と涙で勝ち取った知識だけが完全に自分の所有物となる」「勤勉の中に閃きが生まれる」という言葉も『自助論』の中にありますが、これもすごく大事なところだと思います。
(齋藤)
この本の全体が非常に実践的ですよね。ただ知っていますというのは許されないというか(笑)、実践して初めて本当の知識と言えるのではないでしょうか。この本に出てくる人たちは知っているだけの人じゃないんですよね。皆それを実践している人たちです。
ところがいま、知識というのは知っているか知らないかだと思われているような気がします。その知識を使って、できるかできないかだと考えられていない。ここは改めていかなければなりません。
(尾﨑)
最近、AIやロボットを導入する企業が増えていますけど、あまりにもそれが行き過ぎると、人間が本来持っている機能も減退してしまうのではないかと危惧しています。
あらゆる体験が学びであり、体験を通して身につくものが必ずあると思うんです。だからそういう実践の場、体験の場、学びの場を担保しなければいけない。
◇サミュエル・スマイルズ
1812年~1904年。イギリスの著述家。スコットランド・ハディントン生まれ。当初エディンバラで医者として開業したが、1858年に出版した『Self-Help(自助論)』がベストセラーとなり、著述に専念。その他代表的著作に『Character(向上心)』がある。1918年王立協会フェロー選出。
◇尾﨑元規(おざき・もとき)
昭和24年長崎県生まれ。47年慶應義塾大学工学部管理工学科卒業後、花王石鹸(現・花王)入社。化粧品事業本部長、ハウスホールド事業本部長などを経て、平成16年代表取締役社長執行役員就任。24年取締役会会長。26年3月会長退任、企業メセナ協議会理事長就任。同年6月新国立劇場運営財団理事長就任。
◇齋藤 孝(さいとう・たかし)
昭和35年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学教育学研究科博士課程を経て、現在明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。著書多数。『自助論』の訳著に『みずから運命の扉を開く法則』(ビジネス社)『君たちは、どう生きるか』(イースト・プレス)『こども自助論』(日本図書センター)などがある。