どん底を乗り越えた徳武産業・十河孝男さんが体得した稲盛和夫塾長の言葉

ケアシューズを手に思いを語る十河孝男さん

高齢者や障碍者のために開発したケアシューズ「あゆみ」が大ヒットし、第2回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞では審査委員会特別賞を受賞するなど、熱い視線を浴びている徳武産業(香川県)。しかし同社はもともと、靴製造の技術を持たない一地方企業でした。利用者の症状に応じて左右の靴のサイズ、形状を変える独自の販売方法を確立し、無謀にも思える挑戦を見事成功させた十河孝男(そごう・たかお)社長〈当時〉に、経営に懸ける深い思いを伺いました。

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開発中に経営は火の車

――ケアシューズに取り組まれたきっかけは?

〈十河〉
老人施設の園長を務める知人から「床の環境を変えてもお年寄りの転倒は減らない。何かいい履き物を開発してもらえないか」と相談を受けたことですね。

しかし、スリッパやルームシューズしかつくったことのない会社にいきなり靴をつくれと言われてもそれは無理です。何度かお断りしたのですが「どうしても」と言われまして、家内と2人で研究を始めました。

ところが、いざ始めてみると大変で、まずそれまでの技術では全く歯が立たない。靴の製造だけでも難しいのに、転倒防止など大手もやったことのない技術をたくさん開発しなくちゃいけなかったんです。

――で、どうされたのですか。

〈十河〉
先ほど申し上げた神戸の技術者の先生と一緒に、高齢者の靴について一緒に研究しながら試行錯誤を繰り返しました。靴のつま先に適度な反り返りをつけることで、躓きにくくできるのを発見したのもその成果の一つでした。

これとは別に高齢者500名にモニタリングして、実際にどういう場面で困っているかを細かく聞いて、何がお手伝いできるかを研究しました。2年ほどするといろいろな試作品が完成し、なんとか格好がつくようになったんです。

靴製造のノウハウを持たない私どもには長い長い2年間でしたが、これを靴メーカーとなる一つの足がかりにしたい、という一念でしたね。いまは市場が見えなくても、挑戦しない限り企業の成長はないという考えもありました。無謀ともいえることを続けたのもそれほど切迫した思いがあったからです。

――研究の成果がその後の事業に生かされたのは何よりでしたね。

〈十河〉
ええ、結果は満足できるものがありました。ところが、私たち夫婦が研究に没頭している時、会社の経営がひどい状態になっていたんです。平成7年度決算は売り上げが前年度比3割減、2,000万円の大赤字でした。赤字は創業以来初めてです。これは若い社員たちに経営を任せてしまったという、ひとえに私どもの怠慢です。

ボーナスも昇給もストップ。人間関係もギクシャクしスタッフは次々に辞めていきました。開発も営業も、辞めた社員の穴埋めもせないかんというので、5~6年は夜中まで働く日々が続きました。奇しくもケアシューズ「あゆみ」は、この逆境の年に製造がスタートし、やがて私どもの逞しい主力商品になってくれるんです。

「死ぬ前に一度、水玉の靴で歩いてみたかった」

――「あゆみ」はどのような方法で広まりましたか。

〈十河〉
私どものスタートは通販です。初めは全国約1万か所の老人施設のうち1,500か所にカタログを送ってみたのですが、レスポンスがあったのは3%。お年寄り向けに販売価格を抑えたことを考えれば、採算は合いません。どうしたものかと悩んでいた時、「あゆみ」の研究開発に協力くださった老人施設の夏祭りをお手伝いさせていただく機会がありました。

イベントが終わって、シルバーカーを押して部屋に帰る90歳くらいのお婆さんの足下を見たら赤い水玉の「あゆみ」を履いておられたんです。社員と一緒に駆け寄って話しかけましたら、

「これ調子いいな。左右のサイズが違う靴をあんたが上手につくってくれているので私にピッタリや。死ぬ前に一度、水玉の靴で歩いてみたかった。いつも足下に置いて寝とるよ」

と。これを聞いた時「ああ、役に立っているんやな」となんとも言えない勇気が湧いてきましてね。もう一度、通販のアイデアを練り直して挑戦しようと決めたんです。

――やり方を変えられた。

〈十河〉
その頃、私どもはカタログをお送りした全国の老人施設の手応えを知るために、電話をしてみました。すると「そんなにいいんだったらカタログを送ってよ」という答えが返ってくるんです。「1か月前に送りました」と説明すると「いや、手元に届いていない」。いつもその繰り返しでした。

――送ったカタログが見られていなかったのですね。

〈十河〉
それ自体は残念でしたが、必要な人に必要なタイミングできちんと説明すれば十分分かっていただけると気づいたのは大きな発見でしたね。プロのテレマーケティング業者に頼んで電話を掛けたら、カタログのレスポンス率がなんと50%。うち30%の施設に靴を買っていただけたんです。

 〔中略〕

――そうなると、社員さんの仕事にも張り合いが出ますね。

〈十河〉
私が所属している盛和塾の稲盛和夫塾長(京セラ名誉会長)は「善きことを考えて、善きことをすれば、善きこととして返ってくる」とよくおっしゃいます。

「だけど1年、2年で返ってくると思うな。30年、50年のスパンで考えたら100%以上、それもお釣りをつけて返ってくる」

と。これは絶対の真理でしょうね。

その意味で、社員は皆自分たちが善きことをしていることへの誇りを持っています。そういう社風である限り、いつまでも会社は成長できると思っています。

――いいことを続けることが企業の運命を高める。

〈十河〉
そう思います。


(本記事は月刊『致知』2012年10月号 特集「心を高める 運命を伸ばす」から一部抜粋・編集したものです)

【特集「追悼 稲盛和夫」を発刊しました】

去る8月24日、稲盛和夫・京セラ名誉会長が逝去されました。35年前、1987年の初登場以来、折に触れて様々な方との対談やインタビューにご登場いただくのみならず、たくさんの書籍の刊行、数々のご講演を賜るなど、ご恩は数知れません。
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【著者紹介】
◇十河孝男(そごう・たかお)
昭和22年香川県出身。県立志度商業高校(現志度高校)卒業後、香川相互銀行(現香川銀行)、手袋メーカーを経て59年徳武産業に入社、社長に就任。さぬき市商工会会長や観光協会会長を歴任。

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