日本の未来は国土強靭化にあり【後編】——首都直下型地震にどう備えるか 大石久和×藤井聡

首都直下型地震の危機が迫っているといわれる中、有効な対策を打てずにいる日本は、確実に亡国の道を辿っている—―共に国造りの困難を担う国土学に精通する大石久和さんと、藤井聡さんはそう警鐘を鳴らし続けてきました。迫り来る危機から日本、そして国民の命を守るために何をすべきなのか、語り合っていただきました。

民営化信仰から目を覚ませ

〈藤井〉
もう一つ、先の台風による高潮で浸水し、日本経済に大きなダメージを与えた関西空港の事例を考えてみましょう。

関西空港を運営する企業の説明では、「ここまでの高潮は想定外だった」と言っていますが、専門家は皆、事前に想定している高潮だった。実際、大石先生を中心に、大阪で高潮が起こった時にどういう被害があるかを分析して公表もしていました。

〈大石〉
高潮で浸水することは100%分かっていたことでしたね。

〈藤井〉
それなのに、何の対策もされていなかったのは、関西空港が民間企業に任されていたことが色濃く関係しています。関西空港は2016年に民営化されたのですが、それが進められたのも、公共インフラを民営化すれば、政府支出を削ることができるだろうという緊縮財政の考え方からです。

ではなぜ民間企業では高潮に対応できなかったかというと、民営化するとは市場で競争することであり、市場で競争するとは値段が安いほうが勝つということであり、値段を安くするとは防災・減災のような長期的投資に時間とお金を十分にかけられないことを意味するからです。

したがって、公共インフラを民営化すればするほど、防災・減災投資はどんどんカットされていくわけですね。さらに今回の関西空港のケースでは、浸水してからしばらく何も対策が行われなかった。それは空港の株を持っている日本企業とフランス企業の意見が食い違って、対応方針が定められなかったからです。

このようなことは政府が運営していれば絶対に起きなかった、と言えるでしょう。

〈大石〉
そもそも日本人は、民営化すればうまくいく、経済成長できるという考えに侵されてしまっているんです。果たして道路公団や郵政を民営化して経済は成長しましたか? ただ単に民営化するだけで成長するわけがありません。民営化に関しても、そろそろ反省しなければならないと思います。

〈藤井〉
要するに、民営化というのもポリティカル・コレクトネスなんです。とにかく民間がやることは効率的でよいことであり、政府がやることは非効率で悪しきことであるという思い込みがいまの日本人の中には根強くあるんですね。

実際、関西空港だけでなく、六月の大阪北部地震の時に水道が断水し、大きな被害が出たにも拘らず、水道の民営化の議論は止まらなかった。これからも空港、水道、電気など公共インフラの民営化の流れは続いていくでしょう。

いくら被害が出ても公共インフラの民営化を止めようという議論にはならない。これこそ「ポリコレ政治の恐ろしさ」であり、こうやってわが国は滅んでいくわけです。

「最貧国」化する日本を救う道

〈藤井〉
このままいけば、具体的に日本はどうなってしまうか。

学者の目で客観的に予想すると、仮に巨大地震が来なくても、緊縮財政のせいでデフレが続き、2050年頃に日本は経済大国ではなくなっていて、現在のインドネシア以下の経済規模になっている、と予想されています。巨大地震が連発すれば、ミャンマー程度の最貧国の一つに凋落しているかもしれない。

具体的に言うなら、与党にも野党にも、積極財政派の総理候補は見当たりませんから、当面は緊縮財政が進められていくはずです。

消費税の増税もさらに進むだろうし、新自由主義的な考え方のもと、TPPなどによって関税が引き下げられ、法人税や金融所得課税も引き下げられていきます。すなわち、一部の企業やお金持ちには非常に優しい一方、庶民からは富を収奪する税制ができあがっていく。

その結果、日本経済の成長エンジンである個人消費が徹底的に縮小し、平均所得が200万円や100万円くらいまで凋落していく一方、お金持ちの所得は増え、経済格差がどんどん拡大していくでしょう。

〈大石〉
そうなるでしょうね。

〈藤井〉
もっと言えば、国全体が貧しくなっていく中で、TPP等の影響を受けて外資に日本の資産がどんどん買われ、株式配当の形で富がどんどん海外に流出していくでしょう。

そして、農業もアメリカやオーストラリアの大規模農家に収奪され、グーグルなどが開発を進める電気自動車が普及するにつれて自動車産業も凋落、電気や水道などのインフラも民営化によって弱体化し、いずれは外資に買い叩かれる事態になるでしょう。

また、これは経済だけではなく、安全保障や外交にも関わってくる問題なんです。

経済規模が小さくなれば、それだけ防衛費も小さくなるわけですから、当然、東シナ海や南シナ海の防衛などできなくなりますし、北方領土や尖閣諸島がどうだといった議論もできなくなっていきます。そうなれば、大国のおこぼれにあずかるような外交しか展開できなくなるでしょう。

〈大石〉
これからの日本にとって重要だと思っているのが外交や安全保障の問題です。

これはある方が言っていたのですが、国が貧しくなると、アメリカは日本を対等の同盟を結ぶ価値のある国としては見なくなると。アメリカの自動車も武器も買えず、何の貢献もできないのなら、日本に魅力を感じるわけがありません。

いまは中国への牽制などもあって日本と仲良くしてくれてはいますが、いずれは「一人で立ってくれ」と見放される時代が来るはずです。

〈藤井〉
そして、そこにさらに首都直下型地震と南海トラフ地震が襲ってくれば、もはや日本は自力では復興を遂げられないまでにぼろぼろになってしまうでしょう。海外企業が復興支援の名目でどんどん日本に入ってきて、日本人を二束三文で雇って、奴隷のように扱う事態になるかもしれません。

〈大石〉
以前、巨大地震について藤井先生と記者会見をした時に、私はいま首都直下型地震や南海トラフ地震が来れば、「日本は世界の最貧国に転落するだろう」と言いました。

事実、首都圏が巨大地震に見舞われた際の経済損失、被害損失は、1410兆円に上るとも言われています。日本のGDPが530兆円だと考えると、巨大地震によってとんでもない富を失うことになるわけです。これはもう間違いなく再起不能ですよ。

巨大地震が来る確率は30年で70%だとされていますから、いますぐにでも、積極財政に転換して、インフラの強靭化や東京一極集中の分散など、被害を少なくする投資をスピード感を持ってやっていかなければ、日本を救うことはできません。

このことは国民の皆さんにもぜひ真剣に考えていただきたいですね。


(本記事は月刊『致知』2019年1月号 特集「国家百年の計」の記事から一部抜粋・編集したものです)

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◇大石久和(おおいし・ひさかず)
昭和20年兵庫県生まれ。45年京都大学大学院工学研究科修士課程修了。建設省入省。平成11年同省道路局局長。14年国土交通省技監。一般社団法人全日本建設技術協会会長、京都大学大学院経営管理研究部特命教授などを兼務。公益財団法人土木学会第105代会長。専攻は国土学。著書に『「危機感のない日本」の危機』(海竜社)などがある。

◇藤井聡(ふじい・さとし)
昭和43年奈良県生まれ。京都大学卒業、同大学院修了後、同大学助手、助教授、東京工業大学助教授、教授を経て、平成21年京都大学大学院教授。専門は国土政策、経済政策、防災政策などの公共政策論。15年土木学会論文賞、19年文部科学大臣表彰・若手科学者賞、日本学術振興会賞など受賞多数。著書に『「10%消費税」が日本経済を破壊する 今こそ真の「税と社会保障の一体改革」を』(晶文社)などがある。

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