安岡正篤師に学ぶ「宿命と運命」——いま、運と徳をいかに高めるか(SBI HD社長・北尾吉孝)

古の聖賢の教えをもとに、人の生きる道を説いた碩学・安岡正篤師。「運と徳」という一見、掴み所のない人生の重要なテーマについても、具体的な教えを残しています。転換期のいま、日々の中でいかに「運と徳」を高め、人生を開いていけばよいのか。安岡師に私淑(ししゅく)するSBIホールディングス社長・北尾吉孝さんにその教えを紐解いていただきました。

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自分を知ることがすべての出発点

〈北尾〉
人間の生き方に通暁(つうぎょう)した安岡先生は、運や徳という一見捉え所のないものについても、実に有益な示唆(しさ)を与えてくださっています。

安岡先生は、運には宿命と運命とがあると説かれています。

宿命は、例えば男として生まれる、日本人として生まれるなど、自分の力では如何ともし難いもの。しかし運命は「命を運ぶ」と書くことからも明らかなように、変えることができるものです。

そして、運命を変えるために安岡先生が説かれているのが、

尽心・知命・立命 (じんしん、ちめい、りつめい)

という自己維新のプロセスです。

「尽心」とは心を尽くすこと、心を探究して本来の自己を自覚することで、「自得(じとく)」ともいいます。それによって天から与えられた使命を知る「知命」、それに基づいて自分の運命を創造する「立命」が可能になります。

古代ギリシャの哲学者ソクラテスに「汝(なんじ)自身を知れ」という有名な言葉があり、ドイツの文豪ゲーテは「人生は自分探しの旅」という名言を残していますが、安岡先生も自得こそがすべての出発点と説かれています。

私自身も、この自得については若い頃から随分考えてきました。自分はいかなる使命を持ってこの世に生まれてきたのか。そのためにどのような才能、能力を天から与えられてきたのか。

あの孔子も50歳になってようやく天命を知ったと述懐しているように、自分を知ることは容易ではありませんが、知ろうとする努力だけは真剣に重ねてきたつもりです。

 * * * * *

ある時、当社を志望する学生との面接で、私は彼らの人生観を確認するために、自分のことをどれくらい分かっているかという質問を投げかけました。

答えは様々でしたが、私がいまでも印象に残っているのが、50%くらいしか分かっていないと答えた学生の言い分でした。その学生は

「これまで家庭に恵まれ、志望する大学にも入ることができ、順境の中でしか生きてきませんでした。今後の社会人生活では様々な逆境にも遭遇するでしょうが、その逆境に自分がどのように向き合うことができるかは未知数なので、いまの段階では順境の自分、すなわち50%の自分しか分かりません」

というのです。平素から自分という人間を深く見つめていることが窺え、私はその学生を採用しました。

この話からも明らかなように、自分というものは人生で様々な経験を重ねていく中で一つひとつ分かってくるものです。時には辛(つら)いこと、悲しいことにも遭遇する中、自分がどのような反応をしたのかを反芻(はんすう)することで、心の奥深くに住む本当の自分というものが見えてくると思います。

正しいことを実践する

〈北尾〉
運命は決して固定したものではなく、変えることができるものであるという安岡先生の教えは、私たちに大きな希望を与えてくれます。ならば、どうすればよい運命をつくっていくことができるのでしょうか。

仏教には、因果(いんが)の法則という教えがあります。物事にはすべて原因があり、善い因をつくれば善い結果がもたらされ、悪い因をつくれば悪い結果がもたらされるということです。

同様に『易経』にも

「積善(せきぜん)の家には必ず余慶(よけい)有り。積不善(せきふぜん)の家には必ず余殃(よおう)有り」

という教えがあります。善行を積み重ねた家にはその功徳により幸せが訪れ、不善を積み重ねた家にはその報いとして災難がもたらされることを説いています。

したがって、運命をよくするためには善因をつくらなければなりません。善因善果、悪因悪果を踏まえて、日々自分を律していくことがとても重要です。

そして、よき運に恵まれるとよき運を持った人との縁にも恵まれ、よい出会いがさらによい結果をもたらすこと、縁尋機妙(えんじんきみょう)、多逢聖因(たほうしょういん)の理を体現できるのです。

まさしく運と徳は密接不可分な関係にあり、運をよくするためには、徳を高めていくこと。そのためにも、日々の生活の中で善を積んでいくことが非常に大切であると理解できます。

積善の基本となるのが日々の仕事です。仕事という言葉を構成する「仕」も「事」も、訓読みすれば「つかえる」であり、働くこと自体が世のため人のために尽くすこと、善を積むことに通じているのです。

 * * * * *

SBIグループの主業務は金融業ですが、創業以来、可能な限り取引手数料を低く、預金金利を高く設定し、お客様の利便性を真摯に追求してきました。そうした姿勢を貫くことが、結局は自社の利益となって返ってくるのです。

また、当グループは本業以外にも様々な社会貢献活動に取り組んでいます。

近年、児童虐待のニュースがマスコミで頻繁に取り上げられていますが、こうした問題に早くから強い懸念を抱いていた私は、虐待を受けるなど厳しい境遇に置かれた子供たちの福祉向上のため、2005年にSBI子ども希望財団を立ち上げた他、2007年には慈徳院という社会福祉法人を立ち上げ、家庭環境に苦しむ子供たちに手を差し伸べ、精神的かつ経済的に支援しています。

これ以外にも、時代を牽引するアントレプレナー(起業家)の養成を目指したSBI大学院大学、医療への貢献を目的とするSBIウェルネスバンクなど、創業当初より自分たちの立場で社会のお役に立てることを追求し、実践してきました。

もちろん、善を積むにはこうした特別な活動をしなければならないというわけではありません。私が安岡先生とともに私淑してきた教育者の森信三先生は、

「足もとの紙クズ一つ拾えぬ程度の人間に何が出来よう」

と説いておられます。目についたゴミを拾って歩くことも立派な善行であり、天は私たちのそうした平素の行いを見ています。

正しいと信ずることをただひたすら実践すれば、結果は必ずついてくる。これは私のこれまでの人生を通じての実感です。


(本記事は月刊『致知』2019年4月号 特集「運と徳」から一部を抜粋・編集したものです)

北尾さんは弊誌『致知』をご愛読いただいています。創刊45周年を祝しお寄せいただいた推薦コメントはこちら↓↓◎

『致知』は私の愛読雑誌となっている。この雑誌を読み始めて、ある種の安心感(ほっとしたような気持ち)を得た。何故そのような気持ちを得たかというと、世の中には「人生いかに生きるべきか?」という問いの答えを探し続け、自己の修養に努めている方々が多くおられる、ということを知ったからである。

また、そうした方々から本誌を通じて教えられたり、勇気づけられたりすることがよくある。こういう方々を「道友」と勝手に呼ばせて頂いている。中江藤樹先生が、「天下得がたきは同志なり」という言葉を残しているが、私は『致知』を通じて道を同じくする「道
友」にめぐり合うという幸運に恵まれた。
 我々は君子を目指し、一生修養し続けなければいけない。私利私欲で汚れてしまう明徳を明らかにしなければいけない。そして、その修養の一番の助けにるのが、私はこの『致知』であると思う。
 創刊四十五周年を心よりお祝い申し上げるとともに、一層の飛躍を期待したい。

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◇北尾吉孝(きたお・よしたか)
昭和26年兵庫県生まれ。49年慶應義塾大学経済学部卒業。同年野村證券入社。53年英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。野村企業情報取締役、野村證券事業法人三部長など歴任。平成7年孫正義氏の招聘によりソフトバンク入社、常務取締役に就任。現在SBIホールディングス代表取締役社長。著書に『何のために働くのか』『君子を目指せ小人になるな』(ともに致知出版社)など多数。

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