薬物中毒に陥った壮絶な過去——運送業を営む長原和宣氏はこうして再起した

霞が関のキャリア官僚、スノーボード選手、金融トレーダー、女優……。覚醒剤や合成麻薬MDMAなどの違法薬物で逮捕される著名人が相次いでいます。こうした社会状況の中、違法薬物の恐ろしさを伝えていくことが求められています。かつて薬物中毒の蟻地獄に引きずり込まれた経験のある運送業を営む長原和宣さんは、「あえて外へ発信することで、同じような問題で苦しんでいる方のお役に立ちたい」と自身の過去を赤裸々に語っています。

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真面目な少年が覚醒剤に手を出す

小学校までは野球に熱中し、勉強もトップクラスの真面目な少年でした。ところが中学に進学すると、親から勉強のために大好きな野球を禁じられたんです。進学校へ入るよううるさく言われましてね。そのストレスから悪い友達と付き合うようになり、気がつけば暴力団に足を踏み入れていました。

そういう中で、ほんの好奇心で覚醒剤を体験したことがあったんです。その時は幸い中毒に陥るほどのめり込むこともなく、母親に泣かれて目が覚め、組長の許しを得て運よく堅気にしてもらうことができました。

高校は退学になったので、伯父の勧めで自衛隊に入りました。一所懸命頑張りました。そのおかげで自衛官の履歴として一生残るといわれる御殿場の教育隊の試験で、200人の選抜メンバー中3番という好成績を収め、その後陸曹にまで昇進することができました。

結局8年で辞めさせていただき、自分の体力と大型免許を生かして、部隊のあった静岡で運送会社に勤めることにしたんです。おかげさまで仕事は順調で、結婚して子供にも恵まれました。プライベートで野球チームも結成し、20代の後半はとても充実した毎日を送っていました。

そういう中で、再び覚醒剤に出遭ってしまったのです。

車を暴走させ塀に激突し逮捕される

野球の相手チームの監督さんが、表向きは地元の食品関係のドライバーだったんですが、実は薬物中毒でしてね。それが噂になって、仲間から外そうという話になったんです。その時に私が昔の経験を打ち明けて、ちょっと慰めてしまったのがまずかった。

途端にその人の態度が変わって「長原君はやってたの。じゃ今度くれてあげるよ」と言うんです。もちろん即座に断りましたが、逃げる間もなく強引に誘導されて、一回打たれてしまったんです。

自分で注射器を所持するようになってからは、もうみるみるうちに打つ回数も、量も増えていきました。好きな時に打てるわけですから、自分が分からなくなるまでやり続けるんです。もう薬をやらないと体が維持できないような感覚なんです。

幸い他人様に危害を加えるようなことはなかったんですが、最後は狂ったように薬を打ち続けた挙げ句、銃撃隊に光線銃で追われている幻想を抱いて車を暴走させ、塀に激突してしまいました。それでとうとう、駆けつけた警察に中毒が発覚してしまったんです。

幻覚に怯えて暴れ回るのをなんとか押さえつけられ、富士市の精神病院に入れられました。(中略)退院の日に、私は刑事さんからこう言われたんです。「長原和宣。覚醒剤取締法違反で逮捕する」。

その時はもう、真摯に受けざるを得ないという気持ちで、「ありがとうございます。よろしくお願いします」とお答えし、手錠を付けられて沼津署に連行されました。拘留中に何度も取り調べがあり、裁判の結果、執行猶予付きの温情判決をいただいたのです。30歳の時でした。

再起を期し宅配業一本に懸ける

本当に(覚醒剤を)断ち切るためには環境を変えるしかないと思いまして、静岡での生活を捨て、一家で故郷の帯広へ移り住みました。背水の陣で更生に臨むことにしたのです。

実家に戻って両親の暮らしぶりを目の当たりにすると、なんて自分は迷惑を掛けたんだろうとやりきれない気持ちになりました。自分が抱えていた600万円もの借金を、父は銀行からお金を用立ててきれいにしてくれました。母からも「信頼される人間になりなさい」という言葉を掛けられ、心底身に染みました。

とはいえ、現実はとても厳しいものでした。職を得るために30社以上回りましたが、どこにも採用してもらえませんでした。

仕事ならもうなんでもやらせてもらうしかない、という状況で始めたのが、各家庭にチラシを投げ込むポスティングでした。一軒たったの2円でしたが、これが本当にありがたくて、一所懸命やりました。さらに一軒130円の新聞の集金や英会話学校のポスター貼りなどにも手を広げていく中で、宅配便の事業に携わりたいという思いを抱くようになったんです。

その夢が2年後に叶いましてね。帯広郵便局さんから、ゆうパックの配達をやってみないか、と声を掛けていただいたんです。父の名義で車を買って宅配業一本に懸けることにしました。とにかく一所懸命、無我夢中でした。そうして仕事が増えるにつれて人を増やし、車を増やし、規模も大きくなったのです。

薬物中毒に陥った人の更生の環境は、まだ十分とはいえません。今後はそれを充実させるために、自分の立場で尽力していきたいですね。悩んでいる方がいらっしゃるなら、ぜひ一緒に人生に再チャレンジしていきたいと願っています。

(本記事は月刊『致知』2014年3月号のインタビュー記事「生かされていることに気づかされて~私はこうして薬物中毒を克服した~」を一部抜粋・編集したものです。あなたの人生、経営・仕事の糧になるヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら

◇長原和宜(ながはら・かずのり)
昭和43年北海道生まれ。高校中退後、61年自衛隊入隊(平成2年夜学にて高校卒業)。除隊後、軽荷物運送業に従事。その頃薬物中毒に陥るも克服し、平成13年に長原配送を創業。今日に至る。

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