2021年05月26日
歴史上有数の名君として数えられる唐の太宗はなぜ名君たりえたのか――。その工夫用力のすべてが書かれている本、それが『貞観政要(じょうがんせいよう)』です。「リーダーとはどうあるべきかが最も具体的に書かれた世界で最高の本」と『貞観政要』を激賞される谷沢永一先生と渡部昇一先生に、この本の魅力、トップリーダーとしての太宗の魅力を存分に語り合っていただきました。
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帝王学の書『貞観政要』
〈谷沢〉
『貞観政要(じょうがんせいよう)』というのは、唐の太宗が諫議大夫や諫臣たちと交わした対話をまとめた本です。編纂したのは呉兢という当代一流の歴史家で史官だった人。呉兢は太宗が没して約50年後の人ですが、宮廷の中に残っていた資料を基にまとめたわけですね。
『貞観政要』は遅くとも桓武天皇の時代には日本に入っていたようです。以来、当時の歴代天皇、あるいは北条、足利、徳川といった為政者がこの本に学んでいます。
要するに『貞観政要』には、皇帝・帝王とはどうあるべきか、政治とはどうあるべきかが記されているのです。高位にある者が政治を執り行う場合に心得るべき要諦がすべて書かれているエンサイクロペディア(百科事典)のような本です。
私も『貞観政要』という有名な本があることはかねてから知っていました。ところが不思議なことに、この本の研究書が見当たらない。おかしいなと思って探していたところにやっと古書目録で見つけたのが原田種成の『貞観政要の研究』(昭和40年・吉川弘文館)という本。これを読んでビックリ仰天しました。まさに微に入り細をうがって徹底的に研究してある。
〈渡部〉
私も『貞観政要』というのが大変な本であるとは知っておったので、谷沢先生と対談したいなと思っていたのです。それで、その時の参考書には『国訳漢文大成』に収められているものを使おうと思っていたら、谷沢先生から「原田種成の本があります」と教えていただきました。それを読んだ時は日本の文献学のレベルの高さを目の当たりにする思いでした。
〈谷沢〉
そうでしょう。明治書院の『新釈漢文体系』上下2冊本をお送りしたのですが、それはもう日本書誌学史上に燦然と輝く名著です。原田さんの研究の前は、本文が錯綜していて何が正しいのか分からなかったんです。
『貞観政要』の木版印刷がシナで始まったのは宋の時代だと言われているんですが、現物は誰も見ていない。初めて版になったのは元の時代ですが、このとき戈直という人が校訂注釈して出したという本もまた、ほとんど誰も見たことがない。つまり、宋版というものがまずありやなしや分からない。それから元版というものが出たことは伝えられているが、これを確認した人は少ないわけです。
〈渡部〉
一般の読書人には幻の本だったわけですな。
〈谷沢〉
その後、明の憲宗という皇帝が命じて、戈直本を政府から復刊した。この明版ができて、やっと一般に流布するのですが、本文は入り乱れ、しかも誤字脱字だらけで全然読めない。結局、『貞観政要』の研究が進まなかったのは読めなかったからなんです。
すべての責任はリーダーにある
〈渡部〉
『貞観政要』から現代のリーダーが学ぶべきものは何かということを考えてみましょうか。
〈谷沢〉
第一には、自分の配下の悪口に重きを置くなということですね。第二には自分を諫めてくれる者を大事にしろ。それから第三には自分を支えてくれた手柄のあった者を優遇しろ。これが太宗の理想とした政治ですよね。
〈渡部〉
私の結論も似たようなものですけれど、ただただ感嘆するしかないほど太宗は立派ですね。しかしシナという国では、太宗ほどの名君の出た唐ですらも、その死後間もなく帝国が奪われてしまうわけです。
ところが太宗の教訓を生かした日本では、北条家でも、足利でも、徳川でも長く続きます。徳川が15代続いた知恵がまさにこの『貞観政要』にはありますね。
私は太宗の一番偉いところは成功体験をアウフヘーベン(止揚)するという発想があったことだと思うのです。太宗は武力で天下を取りましたが、馬上天下を治むべからずということをよく知っておったんですね。そして、そのための工夫として、元来は自分の敵側だった皇太子の家来である魏徴を取り上げて諫議大夫として用いた。これはすごいことです。
〈谷沢〉
本当に奇跡としか言いようがないですね。
〈渡部〉
大変な工夫です。また家来のほうから言えば、組織においてはトップが偉くなければ家来は偉くなりようがないんですね。魏徴にしても、殺されなかったのはトップである太宗に耳を傾ける姿勢があったからです。
〈谷沢〉
組織においては一にも二にもトップの責任が大きいですね。これだけたくさんの上疏文が太宗によって受け入れられたというのもすごいことです。それは不思議と言ってもいいくらいです。
〈渡部〉
太宗の度量の大きさですね。さすがに歴史に名を残す名君だなという感じがします。太宗は絶対に部下に責任を求めません。すべて自分の責任で受け止めている。これはいまの世の中のトップリーダーが一番心しなければならないことだと思いますね。
(本記事は月刊『致知』2008年5月号 特集「工夫用力」から一部抜粋・編集したものです) ◎各界一流プロフェッショナルの珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。 たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。 ≪「あなたの人間力を高める人間力メルマガ」の登録はこちら≫
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◇谷沢永一(たにざわ・えいいち)
昭和4年大阪府生まれ。32年関西大学大学院博士課程修了。関西大学文学部教授を経て、平成3年より名誉教授。文学博士。専門は日本近代文学、書誌学。社会評論でも活躍。著書に『人間通』(新潮社)『名言の智恵 人生の智恵』(PHP研究所)『いま大人に読ませたい本』(致知出版社)など多数。共著に『「聖書」で人生修養』『修養こそ人生をひらく』(いずれも渡部昇一氏との共著、致知出版社)などがある。
◇渡部昇一(わたなべ・しょういち)
昭和5年山形県生まれ。30年上智大学文学部大学院修士課程修了。ドイツ・ミュンスター大学、イギリス・オックスフォード大学留学。Dr.phil.,Dr.phil.h.c.平成13年から上智大学名誉教授。幅広い評論活動を展開する。著書は専門書のほかに『歴史に学ぶリーダーシップ』『幸田露伴に学ぶ自己修養法』など多数。近著に『渋沢栄一 男の器量を磨く生き方』『時流を読む眼力』『四書五経一日一言』(いずれも致知出版社)などがある。