【WEB限定連載】義功和尚の修行入門——体当たりで掴んだ仏の教え〈第44回〉煩悩は悟りの境地か

小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国を托鉢行脚されました。今回は、四国八十八ヶ所巡礼を終え、一度高野山に向かって参拝の後、再び大阪に戻ってきた時の思いを振り返ります。

 

若き僧侶の姿に感服

再び、難波の駅にもどった。

黄色というかオレンジ色の布を体に巻きつけた御僧侶がいた。ミャンマーか、南方仏教の僧だ。見ると冷たい舗道の上。裸足(はだし)だ。4月とはいえ、まだまだ寒い。しかも、左肩は剥き出しである。

「寒くないのか」

無論、頭はきれいに剃髪(ていはつ)されている。さわやかである。自信に満ち溢れゆったり歩いている。冒しがたい尊厳がある。若い僧侶だ。私はその姿に感服した。

手にした鉢(はつ)に乗降客が次々喜捨(きしゃ)している。心に訴える何かがあるのだろう。私はどこかで納得していた。しかし、49歳の私には出来ないことだ。

難波から岸和田へ

ここには専修学院(高野山専門道場)の同期生Yさんがいる。ここで宿泊させてもらった。彼は魅力のある人物である。その魅力のひとつはお大師さん信仰の篤いことか。それは母親の影響か。

子供の頃からしばしば高野山に参拝していた。しかも、高野山大学、専修学院と……。高野山での生活がしみこんでいる。高野山を下山しひとりで僧侶としての活動をしていた。

ひと部屋に護摩壇を作って毎日修法もしていた。彼にとってそれが自然だったのだろう。無論、室内であるから火は炊けない。添え木にと線香を工夫して修法していた。偉いものだ。

魅力の二つ目は性格がカラッとしていることだ。本心は率直である。自分のしたいことをする。だから、世間の常識に埋没して、愚痴や不平不満を訴えることもない。その分、行動力がある。

話しは逸れるが、釣りが好きだ。好きだからする。それがスタンスだ。しかし、魚は全て放流する。やはり僧侶である。とはいえ釣りは好きだ。それが高じて雑誌のコラムに連載するようになった。自分の本当にしたいことをする。そこが面白い。ここで宿泊させてもらった。

高野山真言宗の教え

真言宗① 四弘誓願
ここに来るまで御四国から高野山、お大師さんに触れる機会が多かった。そこで、高野山真言宗について話しておきたい。

私はすでに触れたように、禅宗で修行した。僧堂での読経。これは雲水の日課である。その読経の最後に雲水は必ず四弘誓願(しぐせいがん)を唱える。

衆生無辺誓願度 (しゅじょう むへん せいがんど)
煩悩無尽誓願断(ぼんのう むじん せいがんだん)
法門無量誓願学(ほうもん むりょう せいがんがく)
仏道無上誓願成(ぶつどう むじょう せいがんじょう)

この二句目に注目。煩悩は無尽である。その煩悩を断つ、と誓っている。

ところが禅語には〈煩悩即菩提(ぼんのう そく ぼだい)〉。煩悩が悟りの境地だという。明らかに矛盾している。また、禅は小欲知足(しょうよくちそく)とも言う。少ない欲に満足して生きなさい。やはり欲は悪いものだ。だから、悪い欲は小さく抑えて満足した生活をと。また、真言宗ではその欲を大胆に肯定している。それは真言宗のバイブルである理趣経(りしゅきょう)にある。

真言宗② お釈迦さまの苦行と悟り
この難問は消化されないままに全国行脚も終わった。海老名のお堂で数年したか。そこで決着した結論をここで述べておく。

そもそも、仏教はお釈迦さまから始まった.そのお釈迦さまは悟りを求めて出家をした。そこで何をしたか。苦行をした。具体的には断食である。断食をしたら悟りを阻む煩悩が消えると。必死で取り組んだ。だから、その断食が凄まじい。

痩せ衰えて皮ばかりになり、肋骨が浮き上がった。ところが、何故か、その断食を止めた。その心中に去来したものは何か。その苦行に耐えることが出来なかった。が、お釈迦さまに限ってそれはない。だとすると……苦行をしても悟れない。そのことが分かったのだ。

断食をしたら煩悩が消える。怨み、つらみ、妬み。羨望や支配欲など、次々消えた。怒りも、愚痴も起こらない。激しい食欲も薄れた。性欲も消えた。あと一歩である。その寸前で止めた。何故か……?

つまり、その一線を越えたら死である。欲を断ずることは人間を放棄することだ。つまり、人間は生きたいという。その欲(生存欲)のなかで生きている。人間である以上その生存欲から離れることは出来ない。そこに気が付いた。

そして、発想を逆転させた。この欲を肯定したのだ。人間の欲は善だと大胆に肯定した。具体的にはスジャータという女性から乳粥の供養を受けた。つまり、食欲、生存欲を肯定した上で禅定に入った。そして、悟った。

真言宗③ お大師さまの苦悩
前置きが長くなった。高野山に戻す。

高野山真言宗の開祖はお大師(弘法大師)さまである。そのお大師さまは18歳で大学に入ったが、ある僧侶との出会いから、大学を中退し仏道修行に入り、また奈良仏教の研鑽に励む。

24歳の時『三教指帰(さんごうしいき)』を著して出家宣言をする。そして、31歳、中国に留学する。その24歳から31歳までの7年間、お大師さまについての資料がない。空白である。が、極めて重要な時期である。

従来の仏教経典はすでに奈良にある。その仏教経典を読破しているが、お大師さまの明晰な頭脳では満足できない。ところが久米寺(橿原市)で最新の仏教経典大日経を発見する。それに狂喜して中国に渡った。この密教経典の中にその秘密が隠されている。

つづく

           〈第45回の配信は10/16(水) 12:00の予定です〉

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小林義功
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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。

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