平澤興、坂村真民、森信三——人生を導く三師の教え

 

教育活動に心血を注ぎ、国民教育の師父と仰がれた森信三師。世界的な脳神経解剖学者として研究一筋に生きた平澤興氏。多くの人の心に光を灯してきた仏教詩人・坂村真民師。その言葉や教えはいまなお多くの人々の人生を導く羅針盤となっています。平澤興氏のご子息・平澤裕氏、森信三師のご子息・森廸彦氏、坂村真民氏のご息女・西澤真美子氏が会して語り合う、三師の珠玉の教えに学びます。

心に残る父の言葉

(平澤) 

この辺で父の遺した言葉についても触れておきたいと思いますが、私が父の言葉で心に残っているものをまず挙げると、『平澤興一日一言』(致知出版社)の5月15日の言葉です。

「私が私の一生で最も力を注いだのは、何としても自分との約束だけは守るということでした。みずからとの約束を守り、己を欺かなければ、人生は必ずなるようになると信じて疑いませぬ」

たとえ自分でこうしようと決めたことを守らなかったとしても、他人には分かりません。咎められることもなければ、信頼を失うこともありません。しかし、他人が見ていなくても天は見ていますし、何より自分自身がそれを見ている。

自分との約束を破る人は自分に負けている人であって、それでは成長は止まってしまうということでしょうね。

(西澤) 

本当にそのとおりですね。

(平澤) 

ただ、単純なようで、これを徹底して実践するのはなかなか難しいものです。

次に1月31日の言葉。

「人は単に年をとるだけではいけない。どこまでも成長しなければならぬ」

私も75歳になって、気持ちが枯れそうになることもありますけど、年を取っても自分に負けてはいけない。いつまで経っても燃えて生きなければならない。そう喝を入れてもらっているんですよ。

(森) 

私の父も「人間は進歩か退歩かの何れかであって、その中間はない。現状維持と思うのは、じつは退歩している証拠である」と言っていますので、心したいですね。

(平澤) 

それと、最後は9月24日に載っている次の言葉です。

「自分の力で生きているなどと、おこがましいことを考えません。毎朝、目をさましたとき生きていることの不思議さを感じ、それを喜ぶのです」

私は10数年前、父と同じで大腸がんの手術をしたんですね。そういうこともあり、この年になってつくづく思うのは、当たり前というのは実は大変ありがたいことなんだと。たくさんの目に見えないものの働きのおかげで命がある。そういう生きる喜びと感謝を深いところで感じ、日々を営んでいくことが大切だと思っています。

(西澤) 

ものすごくよく分かります。私が好きな父の詩に、「影あり/仰げば/月あり」というのがあるんです。『坂村真民一日一言』(致知出版社)の9月23日なんですが、この詩に深く感じ入ったのは母の介護をしていた時でした。

ある日、介護で夜中まで起きていて、深夜3時頃に、少し寝ようかと思って部屋の電気を消すと、お月様の光が部屋の奥までサーッと差し込んでいたのです。外に飛び出して空を仰ぎますと月が輝いている。そうしたら、必ず手が合わさる、自然に。ありがたいなぁって。でも、電気をつけていた時は気がつかなかった。

同じように、この世界には私たちのことをいつも見守ってくださる大いなるものが存在していると思うのですが、多くの場合、人はそれに気づかない。気づくと感謝の念が湧き起こりますよね。

体の中の光を消さない

(西澤) 

迪彦さんは森先生のどんな言葉がお好きですか?

(森) 

1番は、「真理は現実の只中にあり」ですね。『森信三一日一語』(致知出版社)の6月2日にあります。父もかつては哲学書の中に真理があると考えていたんですが、33歳の時に『二宮翁夜話』の巻頭に出てくる、「まことの道は天地不書の経文を読みて知るべし」という言葉によって開眼しました。

真理というのは現実の中にこそあり、その現実は日々刻々と変化しているため、それを的確に捉えていかなければなりません。

2番目はそれとよく似た言葉で、9月25日の「真理は感動を通してのみ授受せられる」。どんないい教え、いい言葉に出逢っても、感動しなければ何にもならないと。先ほどの平澤先生のベートーヴェンの話も、真民先生の一遍上人の話も、まさに感動が突き動かしたといえるでしょう。

3番目は、「一眼は遠く歴史の彼方を、そして一眼は脚下の実践へ」という12月2日の言葉です。

大局的な時代の流れ、あるいは自分自身の理想というものを見つめつつ、同時にその中でいま自分は何をするのか、ここを疎かにしてはならない。この3つはいずれもロマンのある言葉ですね。

(西澤) 

いまの話を聞いて思い出しましたけど、父の詩に「一にも実践/二にも実践/三にも実践/森信三先生の偉さは/この実践にある」というのがあります。

(森) 

実践に重きを置いていたのは、やはり「人生二度なし」という考え方に立脚し、一度きりの人生の中でいかに「いま、ここ」を大切にするかを追求したからでしょう。

また、どうしても心というのはふわふわしていて、志を立てても環境に振り回されやすい。それを正し、集中力や持続力を強化するのが「腰骨を立てる」ことだと。この2つが父の一生を貫いた二大哲学だと思います。

真美子さんは先ほど一つお好きな詩をご紹介いただきましたが、

他にはいかがですか?

(西澤) 

私が1番好きなのは、6月1日の「六魚庵箴言」です。

「狭くともいい/一すじであれ/どこまでも掘りさげてゆけ/いつも澄んで/天の一角を見つめろ」

これは父が詩に転向して最初に出した詩集の巻頭に載っている詩なんですね。父はずっとこの姿勢を貫いていました。だからこそ、この詩を読むととても胸がいっぱいになりますし、私も澄んだ瞳を持つ人でありたいなと常に思っています。

もう一つは、1月11日の「光」という詩、これも好きなんです。

「体の中に/光を持とう/どんなことが起こっても/どんな苦しみのなかにあっても/光を消さないでゆこう」

人生いろんなことが起こりますから、体の中の光は強くなったり弱くなったりする。でも、消さなければ未来がある。だから、どんなに光が弱くなってもせめて消さないでおこうと。大変な時にこの詩を読むと力をもらえるんです。

(本記事は月刊『致知』2018年6月号「父と子」から一部抜粋・編集したものです。あなたの人生、経営・仕事の糧になる教え、ヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら

◇西澤真美子(にしざわ・まみこ)

昭和24年愛媛県生まれ。坂村真民氏の末娘。大学入学と同時に親元を離れたが、「念ずれば花ひらく」詩碑建立や国内外の旅行などを真民氏と共にする。母親の病気を機に愛媛県砥部町に戻り、その後、病床の母を見守った。平成24年の坂村真民記念館設立にも尽力。

◇森廸彦(もり・みちひこ)

昭和16年満洲生まれ。20年引き揚げ。父・森信三は翌年帰国して、22年月刊誌『開顕』、31年『実践人』を発刊、家業として手伝う。42年大阪府立大学卒業後、大阪の会社に勤務。平成16年定年退職後、「実践人の家」事務局長、常務理事を務める。

◇平澤裕(ひらさわ・ゆたか)

昭和17年新潟県生まれ。4男5女の9人きょうだいの4男末子。4歳の時、父・平澤興の京都大学赴任に伴い、家族と共に京都へ移住する。40年同志社大学卒業後、東京の会社に勤務。アルパインツアーサービス取締役、京都国際文化専門学校理事を経て、現在に至る。

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