【WEB限定連載】義功和尚の修行入門——体当たりで掴んだ仏の教え〈第41回〉 山中を進み喝破道場に到着

小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国を托鉢行脚されました。香川県では白峯山(坂出市)から根香寺(高松市)に向かいますが、山道には暗闇が迫り不安が募ります。

クルマ1台通らぬ県道わき

「満室」とは想定外。信じられなかった。堪(こた)えたが、ジッとしてはいられない。まだ、明るいが日没も近いことだ。遍路地図の宿泊一覧表を出して次の札所、根香寺(ねごろじ)を見た。

しかし、宿泊〈無〉である。ただ白峯寺(しろみねじ)と根香寺(ねごろじ)の間に喝破道場(かっぱどうじょう)がある。ここは宿泊も〈可〉。電話番号もある。山門を出たところに公衆電話を見つけてダイヤルを回した。

幸い宿泊の許可を頂いた。全国托鉢行脚で、宿泊先に電話をしたのはここだけだ。とにかく焦っていた。

根香寺に向う遍路標識を見つけて歩き出した。これから4、5キロはある。左側に小川が流れている。道は狭い。黙々と歩いていたが、何処まで続くのか。見当がつかない。といって引き返すことも出来ない。次第に不安がつのる。

樹木の枝が道を覆って足元が暗くなる。明るい小川のわずかな上空も、日没間近だ。しかし、この一本道。これを進むだけだ。周辺はどんどん暗くなった。寒い。夜はまだまだ冷えるぞ。不安がますます胸を突き上げる。しかも、このジメジメした山道での野宿など考えられない。見えるのは足元ばかり。

突如、標識を見つけた。右折すると何処へ行くのか? 彫られた文字が見えない。マッチがない、ライターがない。咄嗟(とっさ)の判断である。指先で板をなぞると県道という文字が勘で分かった。300メートル、距離も分かった。

〈助かった。県道に出よう〉

急な山道を上に上にがむしゃらに登って行った。ともかく県道に出た。片側1車線。道路は舗装されている。頭上に空が見える。水銀灯もあったか。記憶は定かではない。ただ、周辺が明るい。1日中歩いているので、疲労がたまっている。眠い……。

クルマは1台も走っていない。県道の脇を歩くと落ちる危険がある。中央に出た。一旦瞼(まぶた)を閉じてかすかに目を開いた。わずかな隙間から道路の白いセンターラインを見ながら歩く。半分眠っている。

錫杖(しゃくじょう)をコツンコツンと突きながら進んでいた。この山の中、何時まで続くか。またまた、不安になった。すると前方に遍路道の標識があった。

〈このほうが早いか〉。咄嗟の判断である。細い山道にズカズカ進入した。視界が消えた。闇にスッポリ包まれた。何も見えない。本来なら戻る。それが正解だ。ところが行脚している者の性か。戻るのを嫌う。進んで戻れば、その往復の時間は無駄になる。嫌だ。私に戻る意志がない。立ち止まった。

〈どうするか〉。錫杖の先端を掴んで左右に振った。するとコチンコチンと木に当たる。〈そうか。コチンコチンとあたる間が道だ〉。それが分かった。こうして、その暗闇を一時(いっとき)歩いた。幸い短い距離であった。

「豊かな心」が消えた現代の旅

ようやく喝破道場に到着した。夜も7時を廻っていただろうか。ともかく、ホッとした。入浴して食事を頂きながら、この道場主、野田大燈和尚の御話を伺った。曹洞宗の僧侶である。

乗降客の多い街頭で座禅をしたという。そこで不登校生をもつ親からの悩みを聴いた。そのまま放置できず、大きな醤油樽を庭に設置。屋根や入り口を作って宿所とし共同生活を始めた。そもそもの出発点はそこにある。

それから大型のバスを改造して坐禅堂を作った。自然のなかでの農作業をしながら、学童の立ち直りと社会復帰に貢献する施設。若竹学園の設立にまで到ったという。少ない時間であったが、面白い。なかなかの人物である。仏教界の中から、これからこうした人物が輩出してくるのではないか。期待したい。

こうして行脚してみると、見えないものが見えてくる。現代はクルマ社会である。アクセルを踏めば何処にでも移動できる。汗をかかず体力も消耗せず。便利である。確かに便利だ。

精細な地図、カーナビがあれば何処でも楽に行ける。他人に頼る必要がない。頭を下げなくとも必要な情報がどんどん入る。良い時代といえば良い時代だ。

江戸時代はどうか。乗り物は馬や駕籠(かご)である。ただ、それは武士や豪商に限られる。一般庶民はもっぱら徒歩だ。行脚である。だから、旅ともなれば大変だ。怪我、病気、疲労、追い剥ぎなど危険はつき物である。そこで旅の心配事を古老に相談する。聞きに来れば古老も嬉しい。

「この近道だが、雨でも降れば如何かな。泥濘(ぬかるみ)だ。遠廻りだがこちらが無難だ。手前に旅籠(はたご)がある。そこの主人に聞いてごらん。あの親父は親切だ。何かあったらそこに飛び込め」

だから、旅は楽しいが、何があるか分からない。そこで旅の情報だ。それを人から集める。また人を頼って旅をする。現代との違いはそこだ。旅にはあらゆるものが詰まっている。楽しいだけではない。雨風の中をびしょ濡れで歩いていると声が掛かる。

〈ちょっと休んで行きな〉

着替えを羽織り、炉端(ろばた)に坐って濡れた着物を乾かす。お礼を言って、また旅をする。人の情(なさけ)に胸を打たれる。そうした心が豊かにあった。しかし、クルマ社会の現代。きれいでスマートで便利になったが、人との心の触れ合いが稀薄になった。豊かな心が消えた。それが現代か。

 

つづく

           〈第42回の配信は9/4(水) 12:00の予定です〉

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小林義功
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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。

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