2019年08月15日
太平洋戦争が終結した際、GHQは占領政策の一環として「刀狩り」を行いました。警察署を通して接収し、その多くは海洋投棄されたといいます。日本人の精神性の象徴でもある日本刀について、數土文夫JFEホールディングス特別顧問(当時)と刀匠の松田次泰氏に対談していただきました。
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刀は武器ではなく心研ぎ澄ますもの
(數土)
私が初めて見た真剣は脇差しでしたが、やはりゾクゾクするものがありました。日本刀というのはただ一点、携える者の精神を高めるために必要だったと私は思うのですが、実際にこの目で見て、やっぱり特別なものだと実感しました。
(松田)
確かに日本刀は、単なる武器ではなく、美術品であり、高い精神性を帯びたものでもあります。
刀鍛冶が一番最初に習うのは、武器としての機能性なのですが、実は、日本刀は国宝に指定を受けている数が断トツに多くて、現在1101点ある国宝のうち日本刀が110点と1割強を占めているのです。ですから、武器としての機能が備わっているのは当たり前で、昔から美術品として見られてきたのです。
もう一つの精神性なのですが、確かに刀は三種の神器の一つに入っていますし、神道と大きな関わりがあり、刀鍛冶の仕事も神事の一つとされてきました。古来日本人の間では、刀には強い生命力が宿っており、邪気を祓うものだと考えられてきて、戦場では武器というよりも、心を研ぎ澄ませるために携えられていたようです。
ただ、そのことを実際の刀づくりの中で実感するのは大変ですし、刀鍛冶が中途半端にそういう話をすると、軍国主義と結びつけられるなどいろんな誤解を受けるので、僕はよっぽどのことがなければお話ししてこなかったのです。
軍刀で立ち向かった日本兵
(數土)
日本が戦争に負けた時、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)から刀をつくることを一時期禁止されたのは、日本人に刀を持たせないことでその精神性を薄めてしまおうとしたわけですね。刀匠の方々が刀の持つ精神性について語ることを控えてこられたのは、そういう背景もあったのではないでしょうか。
(松田)
先の戦争で日本人は、アメリカ軍に島を攻撃されて玉砕する時に、機関銃を持つアメリカ兵に軍刀を持ってかかっていったといいます。ドイツやイタリアはすぐに両手を挙げて降伏するんですけど、日本人だけは最後の最後まで日本刀で立ち向かってきた。それを恐れて、アメリカのGHQは刀狩りをやったわけです。
日本人をそこまで突き動かした日本刀の精神性を理解するには、まず神道から遡って勉強しなければなりませんが、これがすごく難しい。
実は、數土さんから新渡戸稲造の『武士道』のお話を伺って、学生時代に少し読んだものを改めて読み返してみたのですが、そこにも日本の神道、いわゆる日本人の心性は陽明学の教えを受け入れるのに適している、と書かれてあってびっくりしました。
(數土)
新渡戸稲造は、元服して刀を持つことは、精神発達上極めて重要だけれども、その刀をむやみに使うことは、武士として一番愚かなことだったと解説しています。そういう目で日本刀を見ると、500年も1000年も残っている名刀で、刃こぼれしているものは一つもない。それは結局、使われていないからなんですね。
ですから日本刀というのは、軍国主義を暴走させないためにあった。礼節、節度を保つためにこれを携えたのであり、争いを抑止し、平和を実現するためにつくられていたというのが本当のところなのですね。
ここは非常に重要なところです。そういう日本刀の持つ精神性を封印してしまったら、日本刀の本当の魅力は理解できないと私は思うのです。
(本記事は月刊誌『致知』2018年1月号の特集「仕事と人生」から一部抜粋・編集したものです)
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◇數土文夫(すど・ふみお)
昭和16年富山県生まれ。北海道大学工学部冶金工学科を卒業後、川崎製鉄に入社。常務、副社長などを歴任後、平成13年社長に就任。15年統合後の鉄鋼事業会社JFEスチールの初代社長となる。17年JFEホールディングス社長に就任。22年相談役。経済同友会副代表幹事や日本放送協会経営委員会委員長などを歴任し、26年東京電力会長。現在はJFEホールディングス名誉顧問。
◇松田次泰(まつだ・つぐやす、本名・周二)
昭和23年北海道生まれ。北海道教育大学特設美術科卒業。49年刀匠・高橋次平師に入門。56年独立。平成8年日本美術刀剣保存協会会長賞受賞(以後特賞8回)。11年ロンドンで個展を開催。21年無鑑査認定。27年千葉県無形文化財保持者に認定。著書に『名刀に挑む』(PHP新書)、共著『日本刀・松田次泰の世界』(雄山閣)などがある。