【WEB限定連載】義功和尚の修行入門——体当たりで掴んだ仏の教え〈第40回〉満濃池から金刀比羅宮に

小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国を托鉢行脚されました。香川県内のお遍路の旅も進み、善通寺から南下し「こんぴらさん」として親しまれている金刀比羅宮、白峯寺などを訪ねます。

鰐を守護神とする金刀比羅宮

当時は携帯という便利な電話はなかった。公衆電話である。そのやり取りで詩吟の先生と数人が善通寺に来る。そんなことがあった。

「やあ、やあ、やあ」と再会を喜び、お決まりの善通寺を拝観して、それから……。

満濃池(まんのういけ)と金刀比羅宮(ことひらぐう)に参詣することになった。満濃池は御大師さまの土木事業、灌漑用水である。行っては見たい。また、金刀比羅宮は格別有名であるから、この目で見てみたい。

しかし、それを見るためだけに行脚。それは無理だとあきらめていた。それがクルマで……。クルマなら大丈夫だ。満濃池に行くことになった。嬉しかった。これも御大師さまの御計らいか、有り難かった。

満濃池は周囲20キロと広大であるが、お大師さまの頃は8.25キロ。現在の2分の1以下であるが、当時の技術では難工事であった。何度も失敗している。

ところが、お大師さまは斬新である。水路を遮断するのであるが、その水圧を分散するためにアーチ型にした。そして、成功させた。この発想が凄い。これは今日の最新技術である。黒四ダムがこの方式を採用しているのだ。

そのお大師さまのハイライトは、何と言っても恵果和尚(けいかかしょう)の法を継承されたことだ。当時、唐(中国)で真言密教は隆盛を誇り門弟は何千人とか。そこに外国人の僧。御大師さまが入門するや、いきなり主席となり、恵果和尚の法を伝授された。

これは唐のエリートたちの度肝を抜いた。そして20年の留学生が国禁を破り2年で帰国。すると嵯峨天皇の信任を得て、いきなり相談役。その人物が郷里に戻り満濃池工事の指揮を取ったから、その士気は大いに上がった。

工事は3ヶ月で完成した。満々と湛えられた満濃池。それを見ているとお大師さまが庶民と一緒に生きているように思えた。

それから金刀比羅宮に廻った。参道は本宮まで階段が785段ある。急ぐことでもない。ゆっくり歩いていたら、詩吟の先生がいきなり「ここの神さんはね、鰐(わに)なのよ」。笑いながら言った。

「えっー、鰐」

何で鰐なのか。海の神であるが、何故鰐か。昔の人たちの神は具体的である。実物を見せて、これが神だと言った方が説得力がある。鰐は日本の近海には見られないが、その姿は怪異で恐るべき破壊力を秘めている。

これは海を支配する主だ。海の神だ。海が荒れるのはこの神の怒りだ。つまり、鰐が暴れるからだと。

ここで神という文字が出てきたが、この神も具体的である。神という漢字を分解するとネ(しめすへん)は祭壇である。その祭壇に何を祀るか。申である。申は干支(えと)では猿になるが、本来、申は稲妻を表す象形文字だ。

つまり、神は稲妻である。曇天が広がり、突如稲妻は青白い閃光を放つ。すると激しい雨が大地を叩く。あるいはバリバリ、バリバリと凄まじい落雷が大音響を轟かす。雷の原理も解明されない時代には、この稲妻が神であった。その方が分かり易い。

ともかく、長い階段を上り総本宮を参拝して、また善通寺に送って頂きお別れをした。

 

難所の先にあった白峯寺

 

八十番札所国分寺を終えてから遍路道を進むと山道に入る。ここは難所。「へんろころがし」と言われている。

道は険阻で急勾配。狭い坂道である。足元を確認しながら、自分の体を押し上げ、押し上げ前進する。

上りきると舗装道路、県道である。左折して平坦な道であるが、山道だ。家屋はない。そこに八十一番札所白峯寺がある。

保元の乱で敗北した崇徳上皇が流された地。それがこの白峯寺である。ここに上皇の屋敷があった。今でも寂しい。華やかなものは何もない。鳥が啼くか獣が住むか。それしかない、この山奥で……。

都で育ち、時には天下を宰領された上皇が。ここで生涯を終えた。その最後は身に詰まされる。自然、目頭が熱くなり涙が溢れた。

山門から本堂へ。そこでお参りをしていると、隣にスーツを着た中年の男性がいた。気軽に声を掛けた。

「この近くに『かんぽの宿』ありますね」

「ありますよ。私がそこの所長です」

思わず息を呑んだ。その所長さんとバッタリ逢ったのだ。国分寺を出た時から、今日の宿泊は「かんぽの宿」と決めていた。時間も夕方だ。宿泊出来るところは、ここだけだ。この時期、お遍路さんだって少ない。泊まれるものと勝手に決めていた。

それが本堂で参拝していたら、その所長さんと……。これは奇遇だ。「お大師さまのお蔭だ」と大いに感激して、すかさず尋ねた。

「今日、宿泊できますか」。声が弾んでいた。

所長さんはちょっと天を仰いでから言った。

「今日はお遍路さんで満室なんです」

「えっ……、そうですか」

意表を突かれた。

つづく

           〈第41回の配信は8/21(水) 12:00の予定です〉

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小林義功
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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。

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