iPS細胞の髙橋政代さん×障がい者支援の竹中ナミさん

iPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いた網膜の再生医療に取り組んでいる髙橋政代さんが7月31日、理化学研究所を退職し、眼科・再生医療の研究開発型企業「ビジョンケア」(神戸市)の社長に就かれました。高橋さんは「道なき道」をどう切り開いてきたのか、障がい者の自立支援事業などを行っている竹中ナミさんと語り合っていただきました。

視覚障がい者の自動運転車

(竹中)
iPS細胞を使った網膜の治療はいまどこまで進んでいるのですか。

(髙橋)
2014年に患者さん本人のiPS細胞を使った治療に成功し、いまは他人のiPS細胞を使った治療に取り組んでいます。でも、それで実際の治療への道がすぐ開けるというわけでなく、まず他人のiPS細胞を使った治療で拒絶反応が起こらず、「安全です」ということを示した段階なんです。これからが本当の治療づくりになります。

ただ、iPS細胞を使った治療の研究は、いま現場の研究員がそれぞれのところできちんとやってくれていて、実は私はあんまり関わってはいないんですね。じゃあ何をやっているかというと、神戸アイセンターで社会科学系の仕事に取り組んでいるんです。

例えば、開発が進む自動運転車を、どうすれば視覚障がい者の方が特例的、優先的に使えるようになるか、そのためにどんな仕組みやルールをつくったらいいかといった研究を計画しています。本来、従来の車を運転することができない視覚障がい者こそ、自動運転車の恩恵を一番に受けるべきだという思いがあるんですね。

(竹中)
本当にその通りですね。最近、プロップ・ステーション(社会福祉法人)に仲間入りしてくれた若い子は、全盲で、脳性麻痺で、車椅子なんですが、英語が得意でしてね。パソコンや音声装置などをどんどん活用して、私の講演や記事を翻訳する仕事をしてくれているんです。

それで、いま彼と私は、車椅子の自動運転で彼がオフィスの中を自由に動けるようにすることを究極の目標にしているんですよ。

自分がやらねばいったい誰がやる

(竹中)
政代さんは、もともと医療で患者さんを救いたいというような志があったのですか。

(髙橋)
いえ、私が医学の道に進んだのは特別な目的があったわけではなくて、両親から「戦争になっても医者は食べていける」「これからは、女性も自分で食べていけるようにしなさい」とずっと言われていたからなんですね。

(竹中)
そうだったんですか。

(髙橋)
医学を通じて、何か大きな仕事をやりたいとは全然考えていませんでした。ただ、大学卒業後に結婚した脳神経外科医の夫が、1995年にアメリカのソーク研究所に留学することになって。その時、私は眼科医として病院に勤めていたのですが、夫を技術的に手伝えればという感じで、幼い2人の娘を連れて留学についていったんです。

そうしたら、当時のソーク研究所は、脳の再生医療の種、材料になる「神経幹細胞」を世界で2番目に発見したところで、これまでの常識を覆す最先端の再生医療研究に取り組んでいたんですよ。

(竹中)
最先端の研究に触れられた。

(高橋)
眼科医の私がたまたまソーク研究所に行って、当時、最先端の脳の再生医療研究に出逢ってしまった。いまこれを知っている眼科医は私だけなのではないか、自分がやらなければ、目の再生医療、治療は5年、10年遅れるかもしれない……。そう思い込んだのが、一連の研究活動の始まりですね。

(竹中)
一つの使命感やろね。

(髙橋)
はい。眼科医として日々患者さんを診ていたので、「何とか治してあげたいな」という使命感はずっと持っていました。

(本記事は月刊誌『致知』2019年2月号の特集「気韻生動」から一部抜粋・編集したものです。『致知』にはあなたの人間力・仕事力を高める記事が満載です! 『致知』の詳細・ご購読はこちら

高橋政代(たかはし・まさよ)
昭和36年大阪府生まれ。京都大学医学部卒業、京都大学医学部付属病院での勤務を経て、平成7年アメリカ・ソーク研究所に留学。帰国後、眼科医として患者と向き合いながら、京都大学医学部付属病院探索医療センター助教授、独立行政法人理化学研究所と所属を替え、最先端医療の研究に取り組む。

竹中ナミ(たけなか・なみ)
昭和23年兵庫県生まれ。神戸市立本山中学校卒業。24歳の時に重症心身障がい児の長女を授かったことで、障がい児医療・福祉などを独学。障がい者施設での介護などのボランティア活動を経て、平成3年就労支援活動「プロップ・ステーション」を創設。障がい者のパソコンの技術指導、在宅ワークなどのコーディネートを行う。11年エイボン女性年度教育賞、14年総務大臣賞受賞。

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