NHKラジオ「音楽の泉」を30年続ける皆川達夫さんに学んだ、いつまでも溌剌として生きる秘訣

 

取材時の皆川達夫さん

紆余曲折の末に

月刊『致知』2019年9月号をもって、90歳以上で現役で働いている方々に人生の歩みを伺う連載「生涯現役」が最終回を迎えました。

その記念すべき最終回を飾っていただいたのは、中世ルネサンス音楽研究、長崎県に伝わる「オラショ」(隠れキリシタンの祈り)研究の第一人者である立教大学名誉教授の皆川達夫さんです。

皆川さんに取材依頼をするきっかけとなったのは、昨年6月頃、長崎県平戸市出身の弊社社員からの「地元に関する素晴らしい人がいる」という情報提供でした。

さっそく、皆川先生の資料を集めてみると、中世ルネサンス音楽研究に関する業績はさることながら、「オラショ」研究に懸ける並々ならぬ情熱、92歳のいまなおNHKラジオ「音楽の泉」に出演し続けるという、いまなお衰えない探究心に心から感動。

そして、他紙などで研究に関する専門的な内容は話していても、人生の歩み、信条といった人間学的な部分はあまり紹介されていなかったこともあり、これはぜひ『致知』の「生涯現役」にご登場いただくべきだ! と直感したのです。また、これは個人的な話になりますが、私は父親の仕事の都合で何度か長崎に滞在した経験があり、長崎に伝わる「オラショ」の研究に長く携わられた皆川先生に不思議なご縁を感じました。

しかし、ここからが大変でした。さっそく連絡先を調べ、取材依頼をしたのですが、皆川先生から返ってきたのは「取材は受けたいが、体調がよくない。すこし待ってほしい」というお返事でした。その後、ご家族の方から体調の面で取材は難しいとのお断りのご連絡をいただき、皆川先生の取材を断念することになったのです。情報を提供してくれた社員にも申し訳なく、非常に残念でしたが、ご病気なら仕方がないと泣く泣く諦めました。

ところが、それから数か月後、2019年4月頃のことでした。皆川先生から取材を受けられなかったことをお詫びする内容の一枚のはがきが届いたのです。すぐに「まだ企画は生きていますから、ご都合のよろしい時に、お伺いします」とはがきを返信したところ、皆川先生のご家族からお電話があり、5月中旬に取材させていただけることになったのでした。

だだ、まだ一波乱ありました。取材の数日前になると、今度は私の方が高熱を出して寝込んでしまったのです。皆川先生に風邪をうつしてはいけないとのことで、三度延期となったのでした。

そうして再度日程を調整していただき、最初に取材依頼をしてからちょうど1年ほどが経った2019年6月、念願叶って皆川先生にお目に掛かることができたのでした。

一度嚙り付いたら離れない執念

ご病気から車椅子になってしまったとのことでしたが、頭脳は明晰そのもの。約55分の取材の間、皆川先生は私の質問に対してほとんど資料を見ることなく、ユーモアも交えながら、その人生の歩み、音楽への思いを滔々と語ってくださいました。

少年時代のこと、苦しかった戦争体験、中世ルネサンス音楽との出会い、研究に没頭した留学時代、「オラショ」研究のために長崎の生月島に通い詰め、その原曲を7年もの年月をかけて探し当てたエピソード、音楽の持つ力……取材時間はあっという間に過ぎ、編集者としては本当に至福の時間でした。また、長崎に関するお話の際には、かつて自分が見た長崎の美しい海、景色が目の前に蘇ってくるようでした。

特に「オラショ」に関するお話は非常にドラマチックであり、一人でも多くの方に伝えたい、人間力の学びに溢れた貴重な体験談であると感じました。皆川先生は、長崎生月島の人々に伝わる「オラショ」の原曲を求めてヨーロッパ中の図書館を巡り、ついに該当する曲を探し当てた際のいきさつと感慨を次のようにお話しくださいました。

「生月島の3つの歌オラショのうち『らおだて』『なじょう』は、それぞれラテン語聖歌の『ラウダーテ・ドミヌム(主をたたえよ)=詩篇一一六編』と『ヌンク・ディミッティス(いまこそ僕を=シメオンの賛歌)』に由来することは間違いなかったのですが、残りの『ぐるりよざ』の原史料が探せなかったんです。

それで再びヨーロッパに飛びまして、もうパリ、ウィーンなどの図書館は言うに及ばず、イタリアの図書館まで探し回りました。

特にローマ法王のお膝元のバチカンの図書館は大変な宝庫でしてね。蔵書は多いというもんじゃなくて、本を請求するカード室だけで学校の体育館くらいある。ところが、当時バチカンの図書館は1日3冊しか請求できず、午前10時に開館して、午後1時には追い出されてしまうのです。これだと思って3冊請求しても、実際には楽譜が1つも載ってないということもよくあって、それで1日のホテル代と食事代が無駄になる。その連続が7年も続いたのですよ。

これは諦めるしかないと思いましたけど、やっぱり宣教師の本拠地だったスペイン、ポルトガルをもう一度調べ直そうと思いましてね。1982年10月にマドリードの国立図書館でそれらしき本を請求したのですが、その書が手元に持ってこられた時、もう体が震えてきたのです。『ここにあるに違いない』と直感したのです。 

震える手で頁をめくっていくと、紛れもなく『ぐるりよざ』の原曲となった聖歌『オ・グロリオザ・ドミナ(栄光の聖母よ)』の楽譜が記されていました。オラショとの出逢いから7年掛かったわけですが、これは研究者として当然のことで、自慢することでもないですが、まぁ嬉しかったですね」

7年という歳月に驚嘆した私は、「どうして途中で諦めなかったのですか?」と思わず質問してしまったのですが、皆川先生は間髪を入れずにこうおっしゃられました。

「一つの目的を持ったら徹底的に調べるのが学問に携わる人間ですが、私は特にしつこい。一度齧りついたら離れない(笑)。他人には嫌がられますが、幸いそのような性格がオラショ研究にはプラスになったのだと思います」

一度自分が定めた目標に嚙り付いたら何が何でも離れない、何としても決めたことを成し遂げるんだという‶しつこさ〟――ここに皆川先生の人間力の源があり、また、物事を成し遂げていく要諦もあるのだと感じ入りました。

そして取材の最後、皆川先生は何歳になっても元気に溌剌と生きる秘訣として、「好きなことを徹底してやることです」と青年のような屈託のない笑顔でお答えくださいました。その笑顔が皆川先生のすべてを語っているように私には思われました。

(本記事は月刊誌『致知』2019年9月号「読書尚友」の連載「生涯現役」に関する取材手記です。『致知』にはあなたの人間力・仕事力を高める記事が満載です! 『致知』の詳細・ご購読はこちら

◇皆川達夫(みながわ・たつお)

みながわ・たつお―昭和2年東京都生まれ。東京大学文学部卒業、同大学院修了。2回にわたってアメリカ、ヨーロッパ留学。43年立教大学教授。平成5年同大学を定年退職し、同大学名誉教授。全日本合唱センター名誉館長、国際音楽学会名誉会員Ehrenmitglied。中世音楽合唱団主宰。日曜朝のNHKラジオ「音楽の泉」、NHKFM「バロック音楽の楽しみ」などに出演。21NHK放送文化賞。著作に『中世・ルネサンスの音楽』(講談社学術文庫)『キリシタン音楽入門: 洋楽渡来考への手引き』(日本基督教団出版局)など多数。

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