2019年06月26日
小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国を托鉢行脚されました。現在の四国巡礼の旅は、高知・土佐清水から北西方向に1歩ずつ進み愛媛南部の南宇和郡に入りました。
八十八ケ所の霊場巡りもほぼ半ば
高知県最後の札所延光寺から、愛媛県最初の札所観自在寺に来た。四十番である。ほぼ半分まで来た。なんだかんだここまで来たが、先の保障はない。油断は出来ない。といって行脚を続けるだけだ。
札所巡りを続けていたら、山あいを縫うように奥へ奥へと内陸に入って行った。そして、四十五番札所岩屋寺の麓に来た。そこからは参道であるが山路だ。整備され手摺もあるが急な階段もある。
上りきったところに本堂があるが、実は眼前に聳え立つ岩山。その岩山がそのまま岩屋寺の本尊不動明王なのだ。境内に立つと俗界から隔絶した霊気に溢れている。すばらしい。合掌礼拝してお経を上げた。
そうした周囲の景観とは裏腹に、心は穏かではない。それは霊感である。霊感を禅宗では魔境として排斥する。真言宗はどうかといえば容認か。
私は全国托鉢行脚に出た。その動機はお悟りである。既に記述した通り。それはそれでいいが、全国行脚の出発点から高野さん(鋼材メーカーの重役で、従兄弟がその会社に就職していた)の霊感に係わっている。
母のこともあるが、それはそれとして、この全国托鉢行はもともとは私の発想である。また自分で〈やる〉と決意した。それから、高野さんに電話をした。
「全国を托鉢して廻りたいんですが」
「ほうーいいね。今、帰って来たところだ。ドアを開けて玄関に立ったら
電話だ。出たら君じゃないか。いや、実に良いタイミングだ」
高野さんが応じた。
「いいね。……実に良いタイミングだ」
これは私の選択は間違っていないという保障になった。それが確信となり、自信になった。そんな気がする。これは今考えても不思議なことだ。高野さんはズバリ結論を出した。
通常なら、「大丈夫か。簡単じゃないぞ」と諌める。
私の年齢が49歳。それを考慮すればなおさら無謀だと猛烈に反対しても可笑しくはない。
霊感は果たして本当なのか
「師匠に許可をもらったのか」
「どうしてもやりたいんなら仕方ない。その責任は自分で取れよ。俺は反対だ」
これが大方の結論であろう。ところが、そうしたごちゃごちゃした判断を無視した。それが高野さんである。おそらく先が見えていたのだろうか。これは凄い。
しかし、凄いとばかり絶賛してもいられない。私が実際に全国を廻り切ったから高野さんの霊感は正しいとなるが、私が挫折したら間違ったと非難される。霊感にはそうした危うさがある。
詩吟の先生のところで、こんなことがあった、それは全国行脚が終ってから訪ねた時のことだが。いつもの部屋で、自分で解説した臨済録の一部を読んでいた。そばに若いPさんがいた。この女性にも霊感がある。
「それを見せなさいとお坊さんが言ってるよ」という。
咄嗟に〈無文老師では?〉と思った。何故かそう思った。私が隠侍をさせて頂いた御老師である。しかし、そのことは秘密にして、〈この霊感が確かかどうか調べてやろう〉と思った。
「そのお坊さんは太っている? 中位? 細い?」と質問した。
「細い」
「じゃ、背は高い? 中位? 低い?」
「低い」
細くて低い。これは的中している。〈ふむふむ〉といってもたまたまということもある。そこで、次の質問をした。如何答えるか? ここが見ものである。
「頭は如何なっている?」
「頭の上はつるつるしているが、耳のあたりにふさふさしたものが見える」
私は絶句した。無文老師は剃髪をやめた。それはかけがえのない人物を失い、その悲しみの為にと。ただ、頭頂の毛髪はない。しかし、耳の辺り、後頭部には白髪がある。それを指摘した。
これは実際に見た人でなければ分からない。このPさんは無文老師の名前さへ知らなければ、逢ったこともない。京都に住んでいたなら何処かでということもあるが、高知であるから無縁である。
弘法大師ならともかく、そのPさんが見た。その人物はやはり無文老師か。私は原稿を渡すとPさんはそれを見ていた。しばらくしてから、「うん」。それで終わった。
不思議なことだ。私には分からない。無文老師はすでに死んでいるが、生きているということか。う~ん。しかし、私には見えないし確かめようがない。しかし、Pさんが見ている御僧侶はやはり無文老師ではないか。
つづく
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小林義功
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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。