サグラダ・ファミリアに向き合い続けて40年——彫刻家・外尾悦郎、その原点

スペイン・バルセロナの世界遺産、サグラダ・ファミリア教会にこのほど正式な建築許可が下り話題になりました。着工から137年。この世紀の大工事に40年間にわたって携わっている一人の日本人がいることをご存知でしょうか。外尾悦郎氏(サグラダ・ファミリア芸術工房監督)です。遠いアジアから乗り込んで活動を続ける同氏の独自の「仕事術」そして茨の道を進む原点が、2015年にノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章氏(東京大学宇宙線研究所 所長)との対話の中で明かされます。

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40年続けることができた理由

〈梶田〉
私は宮中晩餐会でお会いするまで、大変失礼ながら外尾さんの名前を存じ上げませんでした。

〈外尾〉
当然のことです。

〈梶田〉
ただ、サグラダ・ファミリアの彫刻を手掛けている日本人の方がいるということは、テレビで見て知っていたんです。ですからお会いした時には、向こうで長く仕事をされていて、普通の人とは違う雰囲気を感じました。サグラダ・ファミリアの彫刻に携わるようになって、もう何年になりますか?

〈外尾〉
ちょうど40年です。長いのか短いのか分かりませんけど、200人いるスタッフの中で一番の古株になってしまいました。

〈梶田〉
そうすると、やっぱり一番偉い立場になるんですか?

〈外尾〉
いや、ならないです。古株っていうのはだいたい煩がられるんですよ。ましてや、私のような外人部隊は一番危ないところへ送り込まれて、真っ先に死んでも誰も悲しまないという立場ですから。

〈梶田〉
最も過酷な厳しい仕事を受けて立つと。

〈外尾〉
私は40年の間に、6人の会長と5人の建築家と4人の枢機卿を見てきたんですけど、その人その人に合わせていくと大変なんですよ。むしろ適度に反発していかないといけない。

〈梶田〉
と言いますと?

〈外尾〉
反発し過ぎると辞めさせられちゃう。でも、その人に迎合していくと、次の代の人は必ず前任者の息のかかった人を排除します。政治の粛清と一緒ですね。

だから、私は主任建築家とかがこうしろと言ったことをその通りにしたことは一度もないんです。「はい」と言っておきながら全く違うものをやる。例えば、「ハープを奏でる天使像」をつくった時に、3人のガウディの弟子の方がどなたもハープに弦をつけるようにとおっしゃった。私はそれに反対だったんですが、一応つけたんです。

でも、いつかこれは取ってやろうと思っていたら、チャンスはすぐに来まして、別の天使を彫ってる時に足場を延ばして弦を全部切っちゃったんですね。

で、それを見た3人の建築家たちからはお咎めなし。外尾は仕方ないなと(笑)。そういうふうに自分の思いをずっと通してきたので、いまに至れたんじゃないかなと思います。

〈梶田〉
いやぁ、すごい話です。

〈外尾〉
そうしないとやってこられなかったんですよ。ただ、いまの話とも関連しますが、芸術の世界で特に悲しいのは、前の人がこうやったから違うものを出すと新しいと思われる。それに振り回されてることです。

つまり、振り子が右に行ったり左に行ったりしている。それを世間の人々がジーッと見て、面白いなと言ってるだけじゃつまらないと思うんです。その振り子がぶら下がっている軸を見つめないと、本質は見えないわけですね。

科学は積み上げ方式で発展してきているから、そんなことないと思うんですけど、どうですか?

〈梶田〉
振り子はありますよ。科学でも流行りの研究っていうのは存在しますから。もちろん科学の場合は、科学的な根拠や仮説に基づいて研究をしていくんですけど、間違ってる場合もある。

〈外尾〉
こんなことを言っちゃいけないかもしれませんが、科学って幸いにも、間違いがあって初めて進歩してるような気がするんです。

〈梶田〉
そうです。結局、科学というのは、あるところまで正しいと思われる考え方を出すんだけど、やっぱりそれには限界がある。で、その先を見ようと思うと、何かしら間違いというか原因を見つけて、そこを越えていく、解決していくことが絶対に必要です。

〈外尾〉
科学と芸術は違うものだと思われてる風潮がありますけど、全く同じですね。誰も知らない真実を見つけ出す。そして、本来ある姿を人々にお見せする。これが我われの仕事じゃないかな。

〈梶田〉
真実に向かっていく人間の営みという意味では一緒ですね。

いまなお建設が続くサグラダ・ファミリア

母親への感謝と石に魅せられた学生時代

〈梶田〉
外尾さんはどうして彫刻の道に進まれたのですか?

〈外尾〉
私は4人きょうだいの末っ子、で6歳の時に父親が心臓を患って44歳の若さで亡くなりまして、母親が女手一つで商売をしながら4人の子供を育ててくれたんです。父の遺志を汲んで地元福岡の雙葉幼稚園から附属の小学校、中学校まで通わせてもらったんですけど、どうも馴染めなくて別の高校を受験しました。で、その時に浪人をしましてね(笑)。

〈梶田〉
高校で浪人ですか?

〈外尾〉
第一志望の学校に落ちて、第二志望は合格していたものの、母が入学金を払い忘れてしまったんです。にも拘らず、

「あなたは家を出て、これから一人で生きていきなさい」

と母に告げられました。あれは意識的だったのかどうかと、いまでも考えてるんですよ。なぜかと言うと、浪人してよかったなと母に感謝してるからです。

〈梶田〉
ああ、お母様に感謝を。

〈外尾〉
15歳にして一人で生きていくという意味が分からなくて、最初はショックだったんですけど、そのためには何とか自力で大学を出なきゃいけないと思いまして、1年遅れで高校に入るわけですね。

その時に単純に思ったのが一番安い大学に行くしかないと。調べると防衛大学校なんですよ。パイロットへの憧れはあったんですが、目が悪いので諦めざるを得ない。次に安いところが京都市立芸術大学だったので、そこから本格的に芸術の勉強を始めました。

私は数年前に、フィレンツェのドゥオモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)、ここも700年つくり続けている教会ですが、そこの祭壇の一番大事な聖書を置く台をつくらせてもらったんです。これは芸術家として最高の栄誉で、ヴァチカンのフランシスコ教皇から親書をいただいた。それくらい価値ある仕事をさせていただいた者が、安い大学を探してたまたま芸術系を選んだと。

〈梶田〉
外尾さんも私も、偶然からの出発だったという点で共通していますね。

〈外尾〉
その頃は感じませんでしたけど、いまになってみると、神託といいますか、すべてのものが何かに動かされてる気がします。

〈梶田〉
石に魅せられたのは大学に入ってからですか?

〈外尾〉
はい。木と鉄と石、この3つは触りたかったんですね。その中で石だけはどうしても手に負えなかった。丸い石を四角にしてやろうと思って彫っていくと、なぜか彫ってないところの角が落ちるんですよ。あれ、これはどうなっているんだと。そんなことを繰り返しているうちに、石にも目があることが分かった。

最初は、何の意味もない石を芸術家である僕が作品に変えるんだ、自分は石より偉いんだと、浅はかにも思っていたんですけど、実は石のほうが偉かったということを思い知らされたんです。

そうすると、どんどん謙虚な気持ちになってきて、いまは石の前では跪くしかないと思ってます。石を割ってるように見えますけど、あれは石にノックしてるんです。ノックしながら入ってもいいですかと聞いてる。で、時々「ノー」という答えが返ってくるんです。その時は彫るのをやめなきゃいけない。石の言うことを100%聞けたらいい作品ができるんです。


(本記事は月刊『致知』2018年11月号 特集「自己を丹誠する」より一部抜粋したものです)

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◇外尾悦郎(そとお・えつろう)
1953年福岡県生まれ。1977年京都市立芸術大学彫刻科卒業。中学校・高校の定時制非常勤講師として勤務した後、バルセロナへ。1978年以来、サグラダ・ファミリア教会の彫刻に携わり、2000年に完成させた「生誕の門」が世界遺産に登録される。著書に『ガウディの伝言』(光文社)『サグラダ・ファミリア ガウディとの対話』(原書房)など。サン・ジョルディ・カタルーニャ芸術院会員。

◆サグラダ・ファミリア贖罪教会
聖母マリアの夫ヨセフを信仰する教会として1882年に着工。翌83年、前任者が辞任したことによりガウディが引き継ぐこととなり、没後その遺志は弟子たちに委ねられた。設計図が残っていないため、ガウディの建築思想を想像する形で建設は進められている。170ⅿを超す「イエスの塔」など18の塔と3つの門を持つ。完成は2026年の予定。

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