渋沢栄一×フランクリン――日米資本主義の父を支えた『論語』と『聖書』

渋沢栄一とベンジャミン・フランクリン。日米両国における“資本主義の父と言われる2人の偉人には、共通点が多いと齋藤孝さんは言います。生まれた国も生きた時代も異なる2人の精神的基盤となったもの、行動原理とは何だったのか。また、2人が願った社会とはどんなものだったのかを語っていただきました。

経済を国の柱とする

2人の原点にあったのは「母国の独立」でした。フランクリンは1706年にアメリカのボストンに生まれ、1790年に亡くなっています。アメリカの独立宣言は1776年、フランクリン70歳の時でした。当時のイギリスは世界を支配するほどの強さを誇っていました。そのイギリスと戦って独立し、アメリカ合衆国という国が生まれたのです。その中でフランクリンは、経済はもちろん社会貢献という面でも中心的な役割を果たしていったのでした。一方、渋沢は1840年に埼玉に生まれ、1931年に亡くなっています。渋沢もまた明治維新といういわば日本の独立の渦中にいました。明治維新は1868年、彼が28歳の時のことでした。

新たな国が生まれる真っ只中に生きたフランクリン。あわや国がなくなってしまうかもしれないという激動の国難に遭遇し、それを乗り切って新たな時代を築いていった渋沢栄一。ともに自らの国の存亡のために自分に何ができるかを真剣に考えた人物たちでした。

維新の志士を挙げるまでもなく当時は誰もが国の行く末を案じ、自分にできることを考えたことでしょう。ただ2人に共通していたことは天下国家を論じるだけではなく経済をもって国の柱としなくてはいけないと考えたことでした。

いまでこそ、経済が国の基盤であることは誰も疑う余地がないでしょう。経済が悪化すると雇用状態が低下し、人心も乱れ、国民全体の士気も下がっていくのは容易に想像がつくことです。しかし、独立戦争の頃のアメリカ、江戸から明治にかけての日本では、経済がそれほど大切なものであるとは、実はほとんどの人が思いもつかなかったことだったのです。

当時の日本では、政治や外交に従事して天下国家を論じ奔走する、それこそが男の生き方だという風潮がありました。そんな時代に経済を興し、お金を儲け、外国と取引をして富を増やすことが日本を真に独立させることに繋がるとまでは意識が及ばなかったのです。たとえ及んだにせよ、果たして誰が渋沢のように行動に移すことができたでしょう。

ガリレオ・ガリレイは16世紀の偉大な科学者で、彼の業績を「ガリレイの指」と表現されることがあります。ガリレオが指し示した方向性が科学の分野ではいまなお生き続けているという意味で使われます。それと同様、渋沢とフランクリンの指す指もまた、経済や社会のあり方をいまも指し示し続けていると言えるでしょう。

2人の心を支えた 『論語』と『聖書』

フランクリンの生き方、考え方の根底にあったのは『聖書』でした。敬虔なプロテスタントであった彼はまさに『聖書』を血とし肉としていたのです。

一方、渋沢には『論語』がありました。官職を退官する時、「お前は金儲けをしたいのだろう」と言われました。その時に渋沢は「『論語』で経済をやってみせる」と宣言したのです。『論語』にはいかに経済活動をするかといったことが書いてある訳ではありません。そこで渋沢は考えました。

「これからは経済こそが礎である。そのためには柱がなくてはいけない。政治をしている人たちは自分たちが一流で、経済は二流三流のことだと思うかもしれない。しかしそれは間違っている。私利私欲に走り、単なる金儲けだとする見方こそ了見が狭いのだ。人として生きるべき道を説いた『論語』の精神で自分は経済をしてみせる」

私はこの言葉ほど、日本のその後の方向性を指し示した指はないように感じます。様々な事業に関わってきた渋沢は、フランクリンが「十三徳」で自らを検証したように、『論語』の精神と照らし合わせ、厳しく内省をしたことでしょう。『論語』が柱にあることで、自分は人として正しい道を歩んでいるという自信が生まれ、誰に臆することもなく堂々と生き、堂々と事業を進められたのです。『聖書』が血肉となっていたフランクリンもまた同じであったことでしょう。

正しい義を貫いた2人

2人の生き方はともに社会活動も積極的に行ったことにも象徴されます。渋沢は事業だけでなく、多くの病院や大学の設立に関わりました。また日本で最初の公立の孤児院のような施設の院長を60年にわたり務めていました。それもただ名前を貸すのではなく、非常に積極的に関わっていたのです。

フランクリンもまた若い頃、アメリカに初めての公共図書館を設立し、それをアメリカ全土に広めていくという事業を行っています。各町に図書館があるのは、いまとなっては当然のことですが、アメリカ国民が自立して生きていくためには、政治家だけが国のあり方を考えるのではなく、一人ひとりの国民のレベルを高めていくことが大切だと考え、彼らのために学ぶ環境を整えていったのです。アメリカという国のエネルギーの源泉は、学ぶことを基盤にした社会が形成されていることにあります。その原点はフランクリンにあると言ってもよいでしょう。

渋沢栄一とフランクリン。それぞれが最初に指し示した指に向かって進んだ結果、日本もアメリカも経済的に豊かな国となっていきました。その2人の願いとは「一人ひとりの力を結集し、皆が繁栄して幸福になれる社会をつくる」ということでした。

先述したように、その願いを支える柱となったのが『論語』であり『聖書』だったのです。それを指針として正義、つまり「正しい義」とは何かを考え、貫いていった。そして理想的な社会の実現に向け、自らの命を燃やして生きた2人の人生を思う時、願いを持って生きることがいかに人々に、社会に豊かな実りをもたらすかを思わずにはいられません。

(本記事は月刊『致知』2016年3月号「願いに生きる」から一部抜粋・編集したものです。あなたの人生、経営・仕事の糧になる教え、ヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら

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齋藤孝(さいとう・たかし)
昭和35年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学教育学研究科博士課程を経て、現在明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。『齋藤孝のこくご教科書 小学1年生』『楽しみながら日本人の教養が身につく速音読』(いずれも致知出版社)など著書多数。

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