「吹奏楽の神様」屋比久勲が遺した生徒指導の神髄

赴任した中学・高校の吹奏楽部を次々と吹奏楽の名門へと生まれ変わらせた名指導者・屋比久勲さんが亡くなられました。屋比久さんを偲び、弊誌にご登場いただいた際のインタビューの一部をご紹介します。

生徒指導の名医になりたい

――生徒の指導法についても先生は一家言をお持ちだとか。

〈屋比久〉
指導する時に、先生方はよく生徒を叱りますよね。だからなんで僕は生徒を絶対に叱らないんですかって、講習会などで必ず聞かれるんです。
 
これはどの教科にも通ずることだけど、例えば分数で躓いている生徒に「なんでおまえは分からないんだ」って叱っても、分からないものは分かりません。なぜ分からないのか、どうすれば分かるようになるのか、指導者は生徒が理解できる方法を教えて納得させてあげればいいんです。
 
音楽も同じです。「こう吹いてごらん」「ダメか……」「じゃ、こうしてごらん」「あぁできた」。こうした過程を経ることで僕自身がその生徒から指導法を勉強できるんです。つまりできない生徒が僕に新しい指導法を提供してくれるわけ。

だから逆にお聞きするんです、どうして提供者を叱るんですかって。僕に言わせれば生徒は「神様」なんです(笑)。
  
――生徒は神様ですか。

〈屋比久〉 
いい指導者っていうのは、いろいろな指導法を知っているんです。僕が転任先の吹奏楽部をすぐに全国大会に連れていけるのは、これまで出会ったたくさんの生徒から習った指導法を用いて、躓いている生徒を導いてあげることができるからなんです。
 
いい医者であれば、患者さんの顔を見ただけでどの薬がいいかって分かるでしょう。だから僕は名医になりたいんです。そのためにはとにかくいろんな病気の患者さんと付き合いたいですね。
 
できない生徒がぐずぐずしているとイライラしてすぐ叱っちゃう人がほとんどだけど、できなかった生徒ができるようになる瞬間っていうのは最高に嬉しいから、生徒がうまくなることが僕の楽しみです。だから毎日が楽しくてしょうがないんです。
  
――他にも意識されていることは。

〈屋比久〉
自分たちの身の回りを綺麗にしなかったら、音も綺麗になりませんから掃除をさせます。初めはみんな掃除が嫌いだって言うけれども、嫌いなものが好きになったら、好きなものはもっと好きになる。僕はそれが生徒の自主性を育てることに繋がると思うんです。

その証しに僕の行く学校は、生徒が心の底から音楽を好きになるから本当によく練習をする。
 
そしてより上を目指そうと思ったら、絶えず努力すること。それも他人との勝負ではなく常に自分との勝負です。音楽の専門教育を受けてこなかった僕が今日あるのも、指揮者講習会に足繁く通ったり、優秀な学校を見学するなど努力なしにはありえませんから。
  
――よい音楽を演奏するには、人間としての基本が大事だと。

〈屋比久〉
そうですね。その人の内にある心の優しさや心遣い、そういったものが全部音楽に出てしまうからです。

以前、学校にサッカーの指導に来られた監督さんが、休憩時間後に生徒を集めてこんなことを言ったそうです。いまトイレに行ったらスリッパがバラバラだった。君たちはパスを出す時に、味方が受けやすいように蹴っているつもりだろうけど、次にトイレを使う人のことを考えずに平気でスリッパを脱ぎっ放しにしているようでは、いくらパスを試みてもみんな相手チームに渡ってしまうだろう。これではいくら練習しても強くなれるはずがない、と。
 
これは演奏者が次々と音を繋いでいく吹奏楽でも同じです。乱れたスリッパを揃えたり、誰に対しても心のこもった挨拶をするなど、生活面での基本的態度を疎かにするような生徒では、音楽の上達はまず見込めません。
 
ですから純粋な心を持った生徒を一人でも多く育てていくこと、これが僕の指導者として与えられた何よりも大切な役割なのです。

(本記事は月刊『致知』2011年10月号 特集「人物を創る」から一部抜粋・編集したものです。いまの時代に求められるのは「人間力」――人生や仕事、人材育成のヒントが満載!月刊『致知』の詳細・ご購読はこちら

屋比久勲(やびく・いさお)
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昭和13年沖縄県生まれ。38年琉球大学教育学部卒業後、沖縄県の垣花中学校を皮切りに5校の吹奏楽部を九州大会、全国大会に導く。平成2年城東高校に奉職、吹奏楽の強豪校に育てる。19年鹿児島情報高校に奉職。全日本高等学校吹奏楽連盟副理事長。平成31年死去。

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