樹木のチカラで世界を豊かで、美しく、平和にする——熊本初の女性樹木医・後藤瑞穂さんの思い

熊本県で初の女性樹木医となり、現在は東京を拠点に活躍する後藤瑞穂さん。ただ単に専門的に診断・治療して終わりではなく、その樹に込められた地域の方々の思い、歴史や文化まで含めて汲み取ることで、はじめて本当の意味での樹の再生、保全ができるといいます。そんな後藤さんに人生の歩みを振り返っていただきながら、樹木医という仕事への思いを語っていただきました。

樹木医という天職

「後藤さんはどうして、樹を守り育てる樹木医になろうと思ったのですか?」
 
そう訊ねられると、私はいつも祖母と父のことをお話ししています。明治生まれの祖母は、無医村や社会的に恵まれない人々を治療して回る当時としては珍しい女性医師。一方の父は、地元熊本で造園業を営む実業家で、「樹が二酸化炭素を吸収して地球を守ってくれているんだよ」と、自然環境の大切さを幼い私に語り聞かせてくれていました。
 
そのような祖母と父の姿を見て育った私に、「将来は困っている人を助けたい」「自然環境を守りたい」という思いが芽生えたのは、自然なことだったと言えるでしょう。
 
高校卒業後は、短期大学で造園デザインを学び、いったんは大手の造園会社に就職しました。しかし私が造園デザインの仕事を始めた1990年代は、まだ自然環境に対する意識が低く、その土地や環境に合っていない植物が植えられ、樹がボロボロになっている現場に数多く直面しました。その中で私は、「樹のことを知らなければ、造園デザイナーとして決してよい仕事はできない」と考えるようになっていったのでした。
 
ちょうどその頃、出産のために帰省した実家で目に留まったのが、父が持っていた樹木医の参考書でした。樹木医は森林の保全や、傷んだり病気になったりした樹の診断・治療を行う専門家です。樹木医の資格を取れば、デザインの仕事にも活かせるはず―そう直感した私は、すぐに試験勉強を始めたのです。
 
とはいえ、試験は浪人が当たり前の難関です。朝は三時に起床、家事や子育て、パートをしながら寸暇を惜しんで勉強する日々が続きました。そして2度の挑戦の末、2001年に合格し、熊本では女性初の樹木医になることができました。
 
当初はデザイナーの仕事に生かせるとの思いで樹木医になった私でしたが、試験後に参加した合宿で考えは大きく変わりました。樹木医界の権威・堀大才先生らの講義を受ける中で、樹はどんなに悪い環境に生まれても、文句ひとつ言わず、その場で一所懸命に生きている。さらに酸素をつくったり、風雨を防いだりして私たちの生命を守ってくれていることを深く学び、樹の尊さ、素晴らしさに開眼したのです。まさに樹に携わる樹木医は、尊敬する祖母や父の生き方にも通じる・天職・ともいうべき仕事でした。

父の勧めで上京

その後は家業を継ぎ、「造園家兼樹木医」として熊本を中心に活動していたのですが、「この辺りには樹木医の需要はないだろう。東京に出たらどうだ」という父の勧めもあり、上京を決めました。2007年、39歳の時です。
 
しかし上京することになった途端、それまで温かく接してくださっていた樹木医の方たちが、「家業を捨てるとはけしからん!」「これから君はライバルだ!」などと、掌を返すように私を批判するようになったのです。これには非常に辛いものがありました。
 
それでも、成功しないと故郷に錦は飾れない、親孝行できないとの思いで、批判をぐっと堪え、まず樹木医の仕事を広く知ってもらおうと情報発信から始めました。
 
インターネットで樹木医の仕事を発信するなどの活動を地道に続けていくことで、少しずつ仕事や取材の依頼が来るようになっていったのですが、転機になったのは、2011年に大手新聞に取り上げられたことでした。その記事を見た熊本出身のある経営者の方が、「同郷の樹木医さんを応援したい!」と、森林管理のお仕事をくださったのです。これが東京で初めての大きなお仕事となりました。

大切なことは「ハート・トゥ・ハート」

それからは森林保全を基盤に、各地の街路樹や小学校の校庭の樹など、様々な樹を診断・治療してきました。その中でも特に印象に残る仕事があります。千葉県にある市川八幡神社で行った、ご神樹の再生プロジェクトです。
 
相談を受けて現地まで赴くと、樹齢300年はあろうかというご神樹の楠樹が、枯れていまにも倒れそうになっていました。しかし小さな神社のため、ご神樹を治すための資金が不足しており、神主さんも頭を悩ませていました。
 
そこで、私は従来とは違う新しいスタイルでご神樹の再生に取り組みました。クラウドファンディングや、花火鑑賞・ワイン会といったイベントを神社で開催して資金を募り、また地域の方々も巻き込み、楽しんでもらいながら再生を進めていったのです。

「そんなやり方は邪道だ」という批判も一部の樹木医から聞こえてきましたが、結果は大成功。ご神樹は2年ほどで青々と葉を茂らせるまで回復し、再生プロジェクトが終わった後も、地域の方々はご神樹に愛着を持って温かく見守ってくださっています。
 
やはり、ただ専門的に治療して終わりではなく、ハート・トゥ・ハートというか、その樹に込められた地域の方々の思い、歴史や文化まで含めて汲み取ることで、初めて本当の意味での樹の再生、保全に繋がると思うのです。
 
先にも述べましたが、樹がなければ人類は地球で生きていくことはできません。いま自然破壊がどんどん進み、地球温暖化など様々な問題が起こっていますが、本来なら私たちは自然の恵みに感謝し、恩返しするくらいの気持ちを持たなければならないのです。
 
私の夢、目標は「樹木のチカラで世界を豊かで、美しく、平和にする」です。そのためにこれからも、樹木医として樹々の声なき声を聴き、自然と人とを繋ぐ懸け橋になっていきたいと思っています。

(本記事は月刊『致知』2019年1月号 特集「国家百年の計」から一部抜粋・編集したものです。いま求められるのは「人間力」――人生や仕事、人材育成のヒントが満載!月刊『致知』の詳細・ご購読はこちら

後藤瑞穂(ごとう・みずほ)
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1968年東京生まれ、熊本県玉名市育ち。九州造形短期大学デザイン科卒業後、造園設計に携わる。 2001年熊本県女性第1号「樹木医」合格。天然記念物や貴重樹木の診断治療を手がけ、最新樹木診断機器ピカスを日本で最初に導入、全国的に活躍。2005年日本樹木医学会ポスター賞受賞。2007年国際ソロプチミスト玉名市女性栄誉賞受賞、同年「木風KOFU」開設(東京)。2010年NPO法人「フォーエバー・ツリー・ネットワーク」設立、同会理事長。行政・個人からの環境事業、子供たちへの環境教育、各種セミナー・講演会講師ほか、熊本日日新聞『木々のつぶやき』エッセイ連載など執筆やテレビ出演など多数。

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