前人未踏の13大会連続世界一。父・栄勝氏が語った吉田沙保里の強さの秘密

男女通じて史上最多となる世界選手権10連覇、世界大会13大会連続優勝という偉業を達成し、国民栄誉賞にも輝いた吉田沙保里選手。その父親として、また指導者として、幼少期から娘の育成に携わってこられたのが、父・吉田栄勝さんです。吉田沙保里選手の強さの原点はどこにあるのか。生前の貴重な取材内容をご紹介します。

怒る時には怒り 褒める時には褒める

子供を教えるには怒るところは怒り、褒めるところは褒めるという区別が大事ですね。厳しくし過ぎてやめられると、それで終わってしまいますから。

子供が全力を出していない時があるんですよ。本人も自覚しているんですが、眠気がきたり疲れてきたりすると力を出さなくなる。そんなことでは強くなれませんから、こう声を掛けるんです。

「2時間の練習で2時間集中できる人間はおらん。必ずどこかで手を抜く。でもおまえは2時間ずっと手を抜いてるんやないか? それでは強くならん。集中するのは30分でいい。その30分、ビシッとやったら強くなる」。

あの子(吉田沙保里選手)は練習でも一切手を抜かず、そこまでやらんでもいいんじゃないかと私が思うくらいの練習をするんです。

毎日2時間みっちり練習をしていましたが、私の選手時代にそうしたように、どこの試合でも連れていって、よその子の試合や練習をよく見させました。自分と同じ年代の子がどんなことをやっているか、よく見ておきなさいというのが私の指導だったんです。

その他はひたすらタックルだけで、うちではタックル以外に教えない。あとは何も知らないんです。まぁ、そればっかりやっていたら、バカでも速くなりますよ(笑)。人から理論的にどうのこうの言われても分からない。相手が動いたらもう反射的に飛び込んでいくと。そこまで鍛えて初めてゼロコンマゼロ何秒の世界に勝てる。これは柔道でも一緒だと思います。

伸びる選手 伸びない選手

以前うちの教室に、1万人に1人ともいえる逸材がいましてね。本当に、格闘技をやるために生まれてきたような子で、出る大会出る大会、全部優勝していきました。そして小学生の時、柔道に転向し、それも日本一になってもう一度レスリングに戻ってきたんですよ。

ところが彼は、俺は日本一だという偉そうな顔をしていて、態度が悪いものでね。あれがもうちょっと素直だったら、五輪も出られるんだろうなと思うんですが。
そういう選手は他にもいて、教えたことはすぐ覚えるし、教えなくても相手がやっているのを上手に真似る。ただその子が本当に強くなるかというと、やっぱり最後は素直でなきゃダメですね、人間。

「はい」という返事や「すみません」「ありがとう」という言葉をちゃんと知っている人間でないと。俺は強いんだ、なんて偉そうにしている人間はもう人が相手にしない。小さい頃からそういうことをしっかり叩き込んでおかないと、大きくなってから必ず損をします。

私は沙保里によくこんな話をしてきました。「もしおまえが途中で負けてしまったら、おまえに負けた子がまた泣いてしまうぞ。だからおまえに負けた子の分まで勝たなきゃいけない」と。 

一方、女房は2008年連勝記録が119で切れた時「いままでおまえが勝たせてもらったその裏で、他の子は皆泣いていたんだよ。一度負けたくらいでクヨクヨするな」と言いました。連勝の記録ももちろん大事ですが、やっぱり人間、負ける悔しさというのを覚えていってこそ、本当の成長へと繋がるのだと思います。

詰まるところ、よい指導者とは、選手の気持ちになっていまこの子は何を考え、何を求めているかがしっかり分かる人と言えるのかもしれません。

練習で手を抜くと、どうしても試合の時、自分自身に負けてしまうんですよね。相手を前にして、あぁ、この子強いなと思ったら、もうその途端ぐちゃぐちゃになってしまう。

だから私は練習の時、相手がいくら強くて大きくても「怖くないっ、下がるな!」と言うんです。体にグッと力を入れて踏ん張ることを覚えろ、と。

自分より大きな体だとそれだけで勝てないと弱気になる子が多いんですが、そうじゃない。大きかったら大きいなりの弱点があるから、それを自分でうまく見つけなさい。小さくても小さいなりのいいところがあるから、それを自分で見つけなさい、とにかく1分1秒でも力を抜いたらダメだ、全身全力を振り絞れなければ、試合には勝てないよって。


(本記事は月刊『致知』2013年4月号 特集「渾身満力」より記事の一部を抜粋・編集したものです)

◇吉田栄勝(よしだ・えいかつ)
昭和27年青森県生まれ。八戸電波工業高等学校(現在の八戸工業大学第一高等学校)時代にレスリングと出合う。専修大学経済学部に入学後、昭和48年男子フリースタイル57㌔級で優勝。大学卒業後は三重県へ職員として勤務する傍ら、三重県一志郡(現・津市)一志町に構えた自宅に一志ジュニアレスリング教室を開き、多くの子供たちを指導。平成24年ロンドン五輪では女子レスリング日本代表のコーチも務めた。

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