計画が勝負を決める——加藤庸子はなぜ「手術数世界一の女性脳外科医」になれたのか

脳卒中の中で最も危険とされている「くも膜下出血」。高い確率で死に至るこの病気を未然に防ぐのが、「クリッピング手術」を得意とする脳神経外科医の加藤庸子さん(藤田医科大学ばんたね病院)です。女性脳外科医として世界最多の執刀数を誇る加藤さんが、手術に臨む際に心掛けていることとは。

ことに臨む心構え

――手術に臨む上でどんなことを大切にしておられますか。

〈加藤〉
手術で最も大切なことは計画性です。脳の手術が難しいのは、他の臓器に比べて血管が細く、少しでも手元が狂えばすぐに出血するところです。それに動脈瘤が破れるかどうかは神様しか分からないところもあるんですよ。
 
ただ、先ほどお話ししたように破裂前の動脈瘤の手術は予防的措置なので、万が一私が血管を傷つけて麻痺などの後遺症が残ってしまっては話になりません。かといって私の手術は神業ではないので、何が起きるとも限らない。だからこそ予想どおりにいかなかった場合のことも必ず考えておく。

――起こり得ることを想定して手術に臨まれると。

〈加藤〉 
そうすれば何かことが起こっても、慌てたり焦ったりすることもないでしょう。
 
もっとも、いくら準備をしても実際に開頭してみたら検査の時よりも血管の状態が悪く、動脈瘤にクリップをかけられない場合もあるので、「外科医としては恥ずかしいのですが、力量不足で途中で引き返すこともありますよ」、と手術前に伝えることもしてきました。そのほうがその場その場でベストな判断をしてくれるんだな、ということを患者さんが感じて安心されるんですよ。
でも、何か特別なケースは別として、決まったとおりのことをやっていれば、怖いことは何もありません。ゆっくり走っていれば交通事故なんて起きないですよね。我われの仕事はオリンピックでもなんでもないので、記録を競う必要はありませんから、無理なんかしないで慎重に、かつ丁寧に行う努力はしてきました。

――慎重に、かつ丁寧に。

〈加藤〉 
それにたとえ同じ場所に動脈瘤がある場合でも、人間の顔が一人ひとり違うように、動脈瘤も全部違うことから、一つひとつの手術に工夫が必要になります。

そのためには例えばどんな手術道具を使うかも大事ですね。もう少しで届きそうなのに長さが足りないとか、なかなか目指すところに入っていかないなど歯がゆいケースがありますので、新しいものをつくったりもしました。
 
それと男性と女性では、手の大きさや握力なんかも違いますよね。でも器械会社は女性の脳外科医の手に合うような器械をつくるなんてことをあまり考えてこなかったようなので、いま相談しているところなんです。
 
やはり手にフィットしたもののほうが助かります。いい薬がないと、いかに内科医の見立てがよくても治せないのと一緒で、外科医にいい器械がなければ治せるものも治せませんから。

▲『致知』2022年11月号では、加藤医師の師匠・佐野公俊先生に表紙を飾っていただきました。

医師として大切なこと

――加藤さんが医師の道に入られたきっかけを教えてください。

〈加藤〉
私の父が開業医をしていましてね。医者になれと言われたことは一度もありませんでしたが、とてもよく働く人で、たぶんその血は入っていると思います。

心臓外科医だった父のところには、それこそ全国から患者さんが来られるほどでしたが、どんなに忙しくても疲れたとか、くたびれたとか言うのを聞いたことがなく、決して弱音を吐かない人でした。そんな父の姿を幼い頃からすぐ近くで見ているうちに、ちょっとは私も手伝ったほうがいいかなという感じになりました。

私は愛知医科大学医学部の第一期生にあたるのですが、まだ当時は女医が珍しかったこともあって、100名いた学生のうち女性は8名だけでした。

――初めから脳外科には進もうと心に決められていたのですか。

〈加藤〉
全然、全然(笑)。大学6年までずっと進路を決めかねていたのですが、ある時、主任教授だった岩田金治郎先生から、「あなたはいかにも健康で体力がありそうだから、脳外科医をやりませんか」と言われたんですよ。

これはきっと見込まれたのだと思ってすごく嬉しかったものですから、即決しました。

――その決断がいまに繋がっているわけですね。

〈加藤〉
ええ。大学卒業後、私は名古屋保健衛生大学(現・藤田保健衛生大学)脳神経外科教室研修医に移ったのですが、創設間もないこともあって、ものすごく活気があったんですよ。

特に当時講座教授の神野哲夫先生と助教授だった佐野公俊先生のお二人がすごい勢いで頑張られていて、自分の車でサイレンを鳴らしながら患者さんを迎えにいったりもしていました。

――まるで戦場のような環境の中で育てられたわけですね。

〈加藤〉
まさにそんな感じでした。ボヤボヤしていたら、朝から晩まで手術を手伝わされることもありましたけど、そのお二人が輝かしく私の目に映っていたのかもしれないですね。

それに私が幸せだったのは、クリッピング手術のパイオニアとして世界的にも有名な佐野先生が直属の上司だったことでした。佐野先生からは技術的なことはもちろん、医師として大切なことも教わりました。

――それはどんなことですか。

〈加藤〉
佐野先生は何か問題が起きて手術時間がものすごく長くなり、心魂尽き果ててもおかしくないような状況から、もう一回頑張る人なんですよ。

手術ってもちろん技量も大切ですが、やはりそういった気力がないとダメです。この患者さんを何としても救いたいという思いを持って、治すということに徹する。もうこれ以上はムリかもしれないという状況に陥っても、そこから手術が始まる時と同じような気力でもって踏ん張る。そういう精神を学びました。つまり絶対に諦めない、ということですね。


(本記事は月刊『致知』2017年2月号 特集「熱と誠」から一部抜粋・編集したものです)

◉関連情報◉
『致知』2022年11月号

加藤医師の師匠である佐野公俊先生、その「盟友」であり同じ脳神経外科医である上山博康先生(禎心会脳疾患研究所所長)にご登場いただきました。
多くの人の命を救い続けてきた体験をもとに、医療の世界に限らずあらゆる世界に通ずる原則、他人が不可能と思う難しい仕事を成し遂げる要訣、忘れられない師匠や患者さんとのエピソードについて、溢れんばかりの情熱で談義いただいています。
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◇加藤庸子(かとう・ようこ)
昭和27年愛知県生まれ。愛知医科大学医学部を卒業。名古屋保健衛生大学(現・藤田保健衛生大学)脳神経外科教室の研修医となり、60年脳神経外科医の資格を取得。平成2年世界脳神経外科連盟の副理事長に就任。3年藤田保健衛生大学で脳神経外科医として勤務。18年脳神経外科医として日本初の女性教授に就任。26年9月から藤田保健衛生大学坂文種報德會病院脳神経外科に勤務地を移転し、現在に至る。
 ※肩書は掲載当時ママ

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