ジュンク堂書店の創業者が心底「本屋をやっていてよかった」と思った日

本日で発生から26年を経た阪神・淡路大震災。瓦礫だらけの街と化した神戸市で、被災した店をいち早く立て直し、復興への明かりを灯したのが、当時まだ関西の地方チェーンだったジュンク堂書店でした。東日本大震災でも被災地復興に尽力した創業者の工藤恭孝さんに、書店員として忘れられないというある〝体験〟を語っていただきました。

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阪神・淡路大震災 その日の出来事

――神戸での地震はどのようなものだったのですか。

〈工藤〉
地震があったのは、平成7年1月17日の午前5時46分ですが、あの時は直下型のもの凄い地震で、完全に自宅が潰れると思いました。

幸い、家は耐震性に優れたツーバイフォーで倒壊はしなかったんですが、明るくなってから外へ出たら、国道は通れない、ビルは倒れてる、四輪は走れない。そこで単車を持ち出したんですが、高速道路が倒壊していて通れない。横倒しになった高速道路と地面が、ちょうど「人」の字のようになり、トンネル状になったその穴の中を潜り抜けながら三宮まで行ったんですよ。

――もの凄い状況ですね。

〈工藤〉
当時の基幹店舗は三宮店でしたが、その店のビルがひん曲がって全壊している。中に入ろうとしても水浸しで入れない。この店はもうダメだ、と。その日のうちに被害状況を調べて回ると、会社の8店舗のうち2店舗はすぐにでもオープンできる。でも、後の6店舗は潰れてしまっている。

しかし2店舗では売り上げが前年対比でマイナス70%以上になりますから、社員に1年間も給料を払っていたら持たないですよね。それで、すぐにでもどこかの店を開けられないかと考え、ビル自体の被害が少なかった三宮のサンパル店を早急に再開しようと決めたんです。閉まっている6店舗の社員を大量動員し、その復旧に当たらせました。

その時に「いつ開けますか?」と社員に問われたんですが、普通なら「作業を見てみないと分からない」と言いますよね。でもなぜか、「2月3日」という言葉が自分の口を衝いて出た。

――何か根拠があったのですか。

〈工藤〉
いやいや、何にもない(笑)。残された時間は、2週間あまりしかありません。社員も「え!? 2月3日ですか」と驚いていたんです。サンパル店は450坪もありましたから。本当に口から出まかせの2月3日(笑)。だけどエラいもので、「2月3日」と言えば間に合うんですねぇ。目標があるほうが、やれるんですね。

ところが2月3日というのは店の周りに誰もいない状況で、三宮地域はビルは倒れてるわ、潰れてるわ、焼け跡だらけだわで、完全に瓦礫の街だったんですよ。壊れたビルの取り壊しさえまだ始まっていない頃ですからね。「お客様がいないのにオープンしてどうするんだ」と、2月3日のオープン直前になって初めて気がつきました。

瓦礫の街にお客が押し寄せた

――その時に気がついたのですか。

〈工藤〉
えぇ、もう再開することしか頭になかった。お客様のために、というわけじゃないんですよ。早くオープンしないと会社が潰れるから。

ところが「いざオープン」と開ける段になって、これだったら社員は自宅待機にしておいたほうがよかったなとか、休業手当を支給して社員には七掛けぐらいの支払いで済んだかもしれない、お店がガラガラなら電気代を払うのだけでももったいない、しまったな、と後悔しました。

でも皆が必死に働いてくれて、なかには避難所からリュックを背負い、3時間もかけて歩いて通ってくる者もいる。そういう社員に「やっぱりやめるわ」なんて、いまさら言えないでしょう。

仕方なくガラガラガラッ、とシャッターを開けてみたら、そこに50人ぐらいのお客様が並んでいたんです。そしてオープンの10時に、雪崩れ込むように店に入ってこられた。その後もどんどん入ってくる。どこから来たか、どうやって来たのか、なんて聞いている余裕もない。とにかく周りに誰もいなかった三宮の街に信じられないほどの人がどんどん入ってきて、店が潰れてしまうぐらいの混みようになったんです。

――そんなに大勢の人が。

〈工藤〉
それも驚きなんですが、あの時にお客様からすごくお礼を言われたんですね。「よう開けてくれた」とか「ありがとう」とか「頑張って早よう開けてくれたなぁ」とか。その頃は誰も僕のことを社長とは知りませんでしたが、床に水で張りついた本をモップで一所懸命削っている掃除夫の僕にも「ありがとう」「ありがとう」と入ってくる人のほとんどが言われるんです。帰られる時も「ホンマにようやってくれた。ありがとう」って。

同じように仕事をしていた社員も皆、声を掛けられて、凄く頬を紅潮させていた。そんなわけで、皆が非常に感動しながら仕事をしたという一日でした。

その日の店が終わってから、祝杯、というのも変ですが、皆で慰労会をやったんです。その時に社員たちが「(しんどいばかりの仕事と思ってたけど)社長! 本屋やっててホントによかったですね」と、こういうことを言ってくれましてね。さすがにあの時は僕も泣きそうになりましたね。

そういう体験を僕らはしているので、それからはやっぱり、儲かるよりも喜ばれる店をつくろう、そのほうがやり甲斐があるよねということで、会社の方針も変わっていきました。以来、新しい店をつくるたびにどんどん面積が大きくなって、品揃えが充実していったんです。

それはやっぱりあの2月3日に、お客様から感謝されるとか、喜んでもらうとか、必要とされているということが商売の一番の基本であり、大事なことであると叩き込まれたからでしょう。

――被災地の皆さんにとっても大きな励ましになったでしょうね。

〈工藤〉
そうですね。他の商店主の人からも「あっ、こんな時でも店を開けたら人が来るんだ」とか「なんだ、ジュンク堂がオープンしたらお客様来てるじゃないか。我々も頑張ろうよ」とか「負けてられないね」とか。自分たちも早く店に明かりをともそう、早く街に光をともそうという雰囲気になって、その明かりがだんだん広がっていったんですね。


(本記事は『致知』2011年7月号 特集「試練を越える」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇工藤恭孝(くどう・やすたか)
昭和25年兵庫県生まれ。47年立命館大学卒業後、父が経営していた書籍取次店のキクヤ図書販売に入社。51年ジュンク堂書店を設立し、社長就任。平成22年会長に就任。同年、丸善の店舗運営部門を分社化して新設された丸善書店の社長にも就任。

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