日本スポーツの父・嘉納治五郎に教わった「本当の柔道」

NHK大河ドラマ「いだてん」で話題となった嘉納治五郎(かのう・じごろう)。講道館柔道の創始者で、“柔道の父” “日本スポーツの父”と呼ばれています。その精神を継ぎ、アメリカで柔道を普及させ、世界の柔道関係者から多大な尊敬を集めてきたのが福田敬子さんです。実は、治五郎翁に柔術を教えたのは、福田さんのお祖父様だったそうです。
福田さんの祖父から師・嘉納治五郎、そして自分へと伝わってきた「本当の柔道」とは――。

嘉納先生の 尊い教え

私の祖父は、その嘉納先生に柔術を教えた福田八之助ですが、先生はそこから「柔道」を考案し、明治15年に講道館を設立されました。嘉納先生は柔道を通じて、正しい人間道というものを追究しようとされていたんですね。

でも祖父の死後は、私の家でその類の話はほとんど出たことがありませんでした。また嘉納先生も、ご自分の道場を建てることや、運営をしていくことに専心しておられましたので、50年ほどの間、音信不通の状態でした。

もっとも、嘉納先生は私どもの家がどこにあるかをお知りではありませんでした。それをなんとか探し当てなすって、「講道館には女子部もあるから来てみないか」とお声を掛けてくださったんです。

私は母と一緒に講道館へ行って、初めて柔道というものを見ましたが、男の人と同じように大きく股を広げ、技を掛けたりするのにはびっくりしました(笑)。

祖母は高貴なお侍さんの家にお勤めしたことがあるらしく、お行儀にはとても喧しかったものですから、その派手な体の動きに驚いたんです。私もお花やお茶を習うなど、厳しく躾けられましたから。

でも嘉納先生とお会いしたことで、人生のすべてが変わってしまったんです。先生の教えを受けてから、自分の行いや精神的な面に関すること、要するに、人間として生きていく道ですね。そういうものを自然と学ぶようになりました。

人生において何を学ぶかは、その人、その人によってそれぞれ違うと思うんです。私は柔道を通して、嘉納先生の尊い教えを、常に真っ直ぐ胸に置いて生活してきました。ですから、人間としての道を誤ることなく、正しく生きることができたと思うんです。

ただ相手を投げたり、試合に勝つことだけを目的にするのが柔道ではない。単に技だけを習ったのでは、本当の柔道とはいえない。やはり精神的な基盤がその裏にあってこそ、本当の柔道だと思うんです。

その尊いところを私は学ばせていただいたので、自分の柔道の価値はどこにあるのか。日頃どういう気持ちで修業をしていかなくちゃならないか、ということを絶えず考えながら稽古に取り組むようになりました。それが一番大切なことだと思います。

人間としての生きる道とは、要するに「世のための人になる」ということです。そうでなければ、生きている価値がありませんもの。そういうことを、柔道を通して学ぶことができたのは、本当に幸せだったと思います。

「おまえはいい子だ」 と言ってもらえるよう

嘉納先生は柔道の神様のような存在ですし、自分は心から尊敬をしていましたから、先生が亡くなられた時には、本当に力を落としました。

嘉納先生が生前にしてくださった講義を、私は真面目に聴かせていただいて、常日頃の生活の中でも、それを思い出して生きるようにと心掛けてきました。

先生がモットーとされた「自他共栄」「精力善用(心身の力を最も有効に使用する)」といったお言葉を、私も人生における信条の一つとして堅く守っていこう、と。

嘉納先生に教えをいただいたということは、私から奪うことのできないものが、この体に備わっているということです。だから、どこの国へ行っても、歳がいくつであっても、なんの関係もない。先生にお教えいただいたことは、自分の宝となってこの体に染み込んでいる。ですから、若い時に一所懸命、一つのことに打ち込めたというのは、かけがえのない体験だと思いますね。

いまから約20年前に「福田奨学金」が設立され、試合者と、形の選手で盛んに活躍をしている女子柔道家を対象に、毎年2人に奨学金を出しています。そしてつい最近、私の小さい土像をつくっていただき、この土像を福田奨学金に300ドル寄付された方々に差し上げることになりました。

これからも嘉納先生の教えを真っ直ぐ自分の胸に置いて人生を過ごしていきたい。そして先生に、「おまえは優等生だ。おまえはいい子だ」と言ってもらいたい。それが私にとっての、人生最後の望みです。


(本記事は月刊『致知』2010年3月号 連載「生涯現役」に掲載された記事を抜粋・編集したものです)

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◇福田敬子(ふくだ・けいこ)
大正2年東京生まれ。米国在住。講道館柔道の創始者・嘉納治五郎から直接指導される。昭和39年東京五輪で「柔の形」を披露。41年渡米し、米国で柔道を普及させた。平成18年柔道女子史上初の講道館9段となる。

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