2022年07月13日
戦国乱世を平定し、200年にわたって続いた江戸幕府体制の端緒を開いた徳川家康。この偉業を成らしめたのは、家康のどういう力によるものだったのか。「知の巨人」と称された故・渡部昇一先生は、自著『人生を創る言葉』(致知出版社)の中で、その人間力を如実に伝えるエピソードを紹介されています。
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信玄が寄越した一通の書
23歳の家康は岡崎城の城主であった。つとに評判が高かったため、甲斐の武田信玄が家康の家臣酒井左衛門尉忠勝に書を送って和睦を求めてきた。酒井はこの書を主君家康に取り次いだ。
その手紙の中に「啐啄(そつたく)」という文字があったが、これがどういう意味か誰にもわからない。散々迷った挙句、岡崎城下に逗留している一人の旅の僧侶がいたことを思い出して、これを呼びだした。
この僧侶は江南和尚という名であった。東国を回る途中というので、汚れた麻の衣、すり減らしたわらじ、笠をかぶり、杖をついて現れた。家康の家臣の石川日向守定成が手紙を持ってきて、この和尚に文字の意味を尋ねた。
「どれどれ」
手紙を手にした和尚はにっこり笑って
「ああ、啐啄か・結構、結構・鳥が卵を破るには節があるのじゃ。早すぎれば水で駄目、遅すぎれば腐るという意味じゃ。合点が参ろう」
と答えた。わかったようなわからないような答えだが、石川はそういう答えをもらって家康に報告した。家康はしばし首をひねっていたが、やがて破顔一笑して、こういった。
「そうか。さすがは信玄だ。これを解釈した老師も老師だ・時節気合の妙味がこの一語の中に含まれておるわい。武将の第一の心掛けはこれじゃ」
この「啐啄」の啐は上に子をつけて「子啐」、「啄」は上に母をつけて「母啄」ともいう。「子啐」とは雛鳥が卵の内側から卵の殻をつつくことであり、「母啄」とは母鳥が外から殻をつつくことである。
そして「啐」と「啄」が内外で相応じて気合いの熟した瞬間に、殻が破れて新しい生命が始まる。どちらか一方が早すぎてもいけないし、遅すぎてもいけない。啐啄同時とは、内の雛と、外の親鳥が、殻を一緒に破ることをいっているのである。
家康は『碧巌録(へきがんろく)』にある提唱を、この言葉を聞いて体得したのであった。そして満面の笑みを湛えながら、こういうのである。
「啐啄同時じゃ。早すぎてはいけない。遅すぎてもいけない。熟しきった一瞬の気合が人間万事を決する」
家康の生涯は、啐啄同時の言葉の通り、いつも時をいつにするかをうまく考えた生涯ではなかっただろうか。
交渉事で真似したい家康の絶妙な間合い
家康は生涯の集大成として大阪城を攻めたが、それはまさに啐啄同時の妙を感じさせるものであった。早すぎれば豊臣恩顧の大名が豊臣家に見方をする恐れがあった。遅すぎれば自分が年を取りすぎる。そういうギリギリの時をはかって決断を下した。
しかも、豊臣家を初めから潰すとはいわないで、和泉のあたりで60万石ぐらいの大名にならないかと一応勧めている。それは家康としては無茶な提言ではない。
というのは、信長の子供を秀吉は岐阜あたりの一城主にしているからである。秀吉が信長の子孫に対してやったのと同じように、家康が秀吉の子供を一大名にするのは筋の通った話だった。しかし、現実にはそれが聞き入れられず、大阪の陣となったわけである。
この提案が拒否されることも予測して、家康は頭の中で、いつつつくかということを絶えず考え、その機会を狙っていた感がある。そして「今なら行ける」というときに仕掛けたのである。
この言葉は、仕事の場ではしょっちゅう使う機会があるだろう。とりわけ交渉事においては、早すぎず遅すぎずという絶妙のタイミングが問われるはずである。
(本記事は致知出版社刊『人生を創る言葉』(渡部昇一・著)の一部を抜粋、再編集したものです)
◉渡部昇一先生からいただいた月刊『致知』へのメッセージ◉
『致知』と私の関係は、現社長の藤尾さんが若い編集者として私に物を書かせようとして下さったことからはじまる。藤尾さんは若い時から「自ら修養する人」であった。私も修養を重んずる人間であることに目をつけて下さったらしかった。
それから35年経つ。その間に私は老いたが、『致知』は逞しく発展を続け、藤尾さんには大社長の風格が身についた。発行部数も伸び、全国各地に熱心な愛読者を持つに至った。心からお慶び申し上げたい。
老人になると日本の行く先をいろいろ心配したくなるが、その中にあって『致知』の読者が増えてきていることは大きな希望である。部数がもう3倍になれば日本の代表的国民雑誌と言ってよい。創刊38周年の後は、創刊50周年を祝うことになるわけだが、その時には代表的国民大雑誌になっていることを期待します。
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