2020年11月23日
フィギュアスケート日本代表・羽生結弦選手が出演したことでも話題となった映画「殿、利息でござる」。その原作は江戸時代、仙台藩吉岡宿で町の窮状を救った人々の実話をモデルにした磯田道史さんの歴史小説です。宿場町はいかに再興したか。その道標となったのが、代々商家に伝わってきた『冥加訓(みょうがくん)』の教えでした。「冥加訓を読む会」代表の本田耕一さんのお話によれば、そこには健康長寿の秘訣から夫婦円満のあり方まで、様々な教えが詰まっているようです。
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とかく体を動かし、手足を惜しまず使え
〈本田〉
『冥加訓』という書物はご存じなくても、映画『殿、利息でござる』をご覧になった方はいらっしゃると思います。仙台藩の宿場町・吉岡宿が疲弊して存亡の危機にあった時、地元の有志たちが商家に伝わってきたある教えをヒントに策を練り、見事に再興を図ったという実話がモデルになった映画です。
この商家に伝わった教えこそが、岡藩(大分県竹田市を中心とする一帯)の儒学者であり医者でもあった関一楽(せき・いちらく/1644~1730)が著した『冥加訓』だったのです。
〔中略〕
「冥加」とは「天から授けられた本性」という意味で、『冥加訓』をひと言で説明すれば、「天が人に与えた本性に従い、人が当然踏み行うべき道を教える書物」ということができます。
人は生まれつき善人であるという孟子の性善説が『冥加訓』の思想的なベースとなっていますが、現実には素行の悪さによって悪い運命を辿ってしまう人も存在しています。
一楽はその原因は人が気(感情)の乱れによって善(理性)を歪めてしまうからだと考えました。気の乱れを修復し、正しい人の道に導く教育の重要性を一貫して説いているのもそのためです。
「超」具体的な一楽さんの教え
『冥加訓』には天から与えられた本性に従った実践があれば自然界のあり方も正常になるという『中庸(ちゅうよう)』の「天人相関」の考え方や、自然の摂理に逆らっては人の暮らしが成り立たないことを諭した『書経(しょきょう)』の思想が反映されています。
だからといって、決して理屈っぽい書物ではありません。
飲食や健康、仕事、親子、夫婦、君臣関係、また自然環境との関わり方などの身近な問題を取り上げ、過去の歴史の教訓などを紐解きながら、天から授けられたこの命をいかに生きるべきかを明快に説き示しているのです。
「朝は日の出とともに小鳥の囀(さえず)りを聞いて起床し、手水で顔を洗い、髪を結い、身嗜(みだしな)みを整えてそれぞれの家業とする天職に励みなさい。王と身分の高い人から庶民に至るまで分相応の役目があり、上に立つ人ほど役目も重くなります」
「とかく体を動かし手足を惜しまず使い、与えられた職を全うすることです。働くために天から手足を与えられているのであり、自身は楽をして人を使って働かせ、人を苦しめてはいけません」
このように、一楽の教えはとても具体的です。
与えた富は10倍になって返ってくる
『冥加訓』を俯瞰すると、「分かち」と「誠実」という大きく二つのことを教えてくれているように思います。例えば、「分かち」については次の一文が印象的です。
「道理に逆らって入ってくる財貨は、当面の貯えとなっても、いずれは浪費されてしまうのです。ところが、自分の満たされている富を二分して貧者に渡せば、不足した二分は天から補充されるので、いずれ元の富を得ることができます。
しかし、不当に貯えた富は、そのうち10倍にして天から取り返されてしまうのです。正当な富を社会に還元すれば、必ず天は10倍にして取り返してくれるのです」
原典を紐解けば「取べきものを先人にあたふれば、十双倍にて天より取かへしてくださるゝ也」と書かれています。
正当に社会に還元した富がなぜ十倍になって返ってくるのかと怪訝に思う人もいるでしょう。しかし、その教えを実践して実績を挙げたのが、まさに先述の吉岡宿でした。
実家の浅野屋で『冥加訓』の話を聞かされていた穀田屋十三郎や宿場の有志が協力して千両を集め、それを仙台藩に献納して金利分を毎年受け取り、宿場全戸に均等に配分をすることで再興を図りました。毎年百両の利子を得ると、11年目からは元金の千両を上回る収入となることに着目していたのです。
これは現代にも通用する戒めです。職場において上司が部下と分かち合うどころか、手柄を独り占めして出世の踏み台にする、という部下の愚痴を酒場で耳にすることがありますが、そういう職場はいずれ信頼を失い、生産性は低下して会社は衰退することになります。反対に富や成果を分かち合う会社は社風がよくなり発展していくことは、自然の理と言うべきでしょう。
(本記事は月刊『致知』2018年3月号 特集「天 我が材を生ずる、必ず用あり」より一部を抜粋・編集したものです) ◎各界一流プロフェッショナルの珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。 たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。 ≪「あなたの人間力を高める人間力メルマガ」の登録はこちら≫
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◇本田耕一(ほんだ・こういち)
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昭和18年大阪府生まれ。39年竹田市役所入庁。竹田市立歴史資料館水琴館・古文書講座講師などを歴任し平成4年から図書館長。6年退職。著書(共著)に『三宅山御鹿狩絵巻』(京都大学学術出版会)など。