2021年05月11日
一代で京セラを世界企業に発展させるとともに経営破綻に陥った日本航空(JAL)を短期間で再建に導くなど、新・経営の神様との呼び声高い稲盛和夫さん。若い頃に読んだ『「陰騭録」を読む』に大変感銘したと語られています。名経営者はいかに古典をビジネスに生かしてきたのか。「経営と人生」をテーマに行われた特別講演からご紹介いたします。
「世のため人のために尽くす」ことで運命を変える
宇宙の真理を解くことは大変にむずかしいことだろうとは思います。ですが、むずかしいことをむずかしく理解して、むずかしい人生を歩くことほどむずかしいことはなかろうと思います。私はむずかしいことを単純に理解して、そこに真理を見出し、それを守ることによって人生は全うできると思います。
私は化学の技術屋で、ずっとセラミックスの研究一筋できました。ですから、哲学的、文学的な本をたくさん読んだわけではありません。しかし、安岡先生の本を読ませていただいて、自分がどういう運命を持って生まれてきたかはわからないにしろ、善きことを行うことによって、運命がいい方向に行くであろうということを学びました。
運命とはその人の行いによって変わるものであり、同時に禍福とは自分が思い、求めることによって得られるものであると、安岡先生は『陰騭録』を通しておっしゃっています。
仏教には「思念は業をつくる」という言葉がありますが、それも同じことです。業はカルマとも言います。ものごとを思ったり念じたりすると、仏教でいう因果応報の「因」(原因)をつくります。業は原因ができると、必ず現象として現れてきます。これが因果応報です。
世のため人のために尽くそうなどという、大上段に振りかぶったようなことをいうと、インテリであればあるほどせせら笑う人が多いようです。しかし、世のため人のために尽くすことほど立派なことはありません。
私たちひとりひとりが生まれてきた人生の目的は、世のため人のために尽くすことです。仏教では一燈照隅といいますが、どんな人でも何がしかの素晴らしい役割を持って生まれてきたわけです。その役割を通じて、世のため人のために尽くすことが大事なのです。
世のため人のために尽くすことによって、自分の運命を変えていくことができます。自分だけよければいい、という利己の心を離れて、他人の幸せを願う利他の心になる。そうすれば自分の人生が豊かになり、幸運に恵まれる、ということを仏教は説いているのです。
満は損を招き、謙は益を受く
一番につぶれるはずだと言われた第二電電が、「動機善なりや。私心なかりしか」という一点を問い続けた結果、創業から13年間、すばらしい展開をしてきました。
この体験から、安岡先生から中国の古典を通して教えていただいたことは、決して嘘ではないということを知ったのです。現代人は、特にインテリがそうなのですが、自分の運命が決まっているということを信じようとしません。また、その運命が自分の行いと考え次第で変えられるということは、なおのこと信じようとしません。ですが、自分の行いと考え次第で運命を変えられるのは厳然たる事実なのです。そのことを安岡先生は『運命と立命』の中でおっしゃっています。
『陰騭録』では、了凡は息子に、ものごとがうまくいっても決して慢心してはならない、ということを言っています。また「ただ謙のみ福を受く」と説かれています。さらに「満は損を招き、謙は益を受く」とも説かれています。
謙虚であることが非常に大事だということです。
われわれ経済界の中でも、素晴らしい能力に恵まれ、素晴らしい仕事をされて、みんなから羨ましがられるような地位に就きながら、最後は没落していく人がいます。立派なリーダーと言われた人だけに、惜しんでも惜しみ切れないという人がおられます。それは徳というものを欠いたために、素晴らしい仕事への評価を失ってしまって、奈落の底へ落ちていくのだと思います。
安岡先生は『陰隲録』の「ただ謙のみ福を受く」という言葉で、慢心することがいかに悪いことか、世のリーダーたちに説かれたのだと思います。
人間の道を軽視してはならない
そのような人々が、陰徳を積み、積善をするということによって人生は変わるのだということ、あるいは「ただ謙のみ福を受く」ということを知っていたのであれば、今でも立派に世のため人のために尽くしておられただろうと思います。
安岡先生が説かれたような素晴らしい人間の道、人間学を、我々は軽視しすぎなのだと思うのです。
私の専門は化学ですが、化学でも物理学でも生物学でも、学問はそれぞれの専門分野ごとに大変な発展を遂げ、素晴らしい文明を育んできました。しかしその代わりに、人生とは何か、人間とは何か、という根源な問いを、我々は忘れているのではないでしょうか。
安岡先生がご存命であったら、現在の日本の姿を見て、どんな警句をおっしゃるでしょうか。このままでは、人心は荒廃し、世相はもっと悪くなってしまうのではないか、と私は危惧しています。
我々日本人は、先生が教えられた中国の古典、東洋の思想に学んで、今こそ日本人としての本当のよさを取り戻さなければなりません。
(本記事は月刊『致知』1997年6月号 特集「活きる」より一部を抜粋・編集したものです)
『致知』編集部が総力を挙げて贈る2022年12月号
◉今号では、稲盛氏が生前に遺した膨大な講話録の中から、盛和塾主催の市民フォーラムで2013年に行われた秘蔵講話をご紹介しております。テーマは「人は何のために生きるのか」。本記事で語られた古典『陰騭録』の詳しい解説も含め、全14ページにわたり、体験で掴み取ってきた事業成功の原則、人生の真理を縦横に語っていただきました。
⓬月号ピックアップ記事 /特別講話「人は何のために生きるのか」
◆稲盛和夫(いなもり・かずお)
昭和7年鹿児島県生まれ。鹿児島大学工学部卒業。34年京都セラミック(現・京セラ)を設立。社長、会長を経て、平成9年より名誉会長。昭和59年には第二電電(現・KDDI)を設立、会長に就任、平成13年より最高顧問。22年には日本航空会長に就任し、27年より名誉顧問。昭和59年に稲盛財団を設立し、「京都賞」を創設。毎年、人類社会の進歩発展に功績のあった方々を顕彰している。また、若手経営者のための経営塾「盛和塾」の塾長として、後進の育成に心血を注ぐ。著書に『人生と経営』『「成功」と「失敗」の法則』『成功の要諦』(いずれも致知出版社)など。