住友生命 中興の祖・新井正明が語った、経営ができる条件——たった2つの「勉強」

世界が戦火に包まれていた昭和14年、従軍中にノモンハン事件で片脚を失い一度は失意の底に。戦後、碩学・安岡正篤師の教えを糧に住友生命の牽引役となったのが新井正明さんです。隻脚の身でありながら、住友生命中興の祖と仰がれた新井さんは古典・歴史をどう人生に、経営に生かしていったのか――。政治思想家の丸山眞男さん、東京大学名誉教授の宇野精一さんとの重厚感あふれる語り合いに魅せられます。

〝経営は古典と歴史をしっかり勉強すればできるものだ〟

もう半世紀も前のことになります。これから私の来し方を振り返ろうとすれば、どうしてもこのことから語り始めねばなりません。正確には、それは49年前のことです。

昭和14年の夏、私は満洲(現中国東北部)の野戦病院のベッドに不自由な身体を横たえていました。世にノモンハン事件として知られる日本軍とソ連軍の衝突で、私は砲弾破片を全身に受け、右脚を切断するという戦傷を負ったのです。

(『古教、心を照らす』〈致知出版社〉より)

*  *  *  *  *

東大の名誉教授で政治思想史の大家・丸山眞男氏は高校の同クラスの親友です。最近また『忠誠と反逆』という大書を世に出したりして活躍していますが、片脚となって帰ってきた私を見舞って、「おい、靖国神社に行かなくてよかったな」と手を取って心の底から喜んでくれた仲です。

私がかつて『古教、心を照らす』を著した時、その丸山君がこんな手紙をくれました。

「……貴著をひもときながら、1960年代にオックスフォードに滞在していた時のことを思い出しました。そのころは、オックスフォード大学に経営学の講義がなかったので、どうしてないのかと、教授の一人に聞いたところ、〝経営なんていうものは古典と歴史をしっかり勉強すればできるものだ。わざわざ教える必要はない〟というのが答えでした。

アメリカ経営学を日本が盛んに輸入しているころでしたから、彼の返答が非常に印象的でした。イギリス人の痩せ我慢といってしまえばそれまでのことですが、やはり一つの見識で、いかにもオックスフォードらしいなと思ったものです」

私は経営学は勉強したほうがいいと思います。

しかし、「古典と歴史をしっかり勉強すれば経営なんてできるんだ」という見識にも頷くところがあります。

一つ皆さまも、どうぞ、古典と歴史を大いに学んでいただきたいと思います。

(『心花、静裏に開く』〈致知出版社〉より)

渋沢家の『論語』教育

〈新井〉
実は丸山眞男君にね、私が『古教、心を照らす』という本を出した時に送ったんですよ。そしたら、同君から、

「貴著をひもときながら、1960年代にオックスフォードに滞在していた時のことを思い出しました。
 そのころは、オックスフォード大学に経営学の講義がなかったので、どうしてないのかと、教授の一人に聞いたところ、〝経営なんていうものは古典と歴史をしっかり勉強すればできるものだ。わざわざ教える必要はない〟というのが答えでした。
 アメリカ経営学を日本が盛んに輸入しているころでしたから、彼の返答が非常に印象的でした。イギリス人の痩せ我慢といってしまえばそれまでのことですが、やはり一つの見識で、いかにもオックスフォードらしいなと思ったものです」

という手紙をもらいました。

〈宇野〉
私もそんな気がしますね。彼とは大学が一緒くらいですか。

〈新井〉
一高から同級生です。それで、私はその本の中に、吉田松陰の『講孟箚記(こうもうさっき)』のことを書いていたんですが、丸山は「孟子の注釈書としては小生は伊藤仁斎の『孟子古義』がやはり最高と信じます。吉田松陰は革命的思想家としての読み方であり、そこにおもしろさも限界もあるのではないでしょうか」ともいってきました。

〈宇野〉
ああ、そうですか。しかし、吉田松陰の『講孟箚記』は、あれは名著ですねぇ。私はもうほんとにあれを読んで感激しました。

〈新井〉
いや、感激しますな、あれは。

〈宇野〉
私はあれを読んでパッと開けたような気がした。あれは、牢屋に入れられておった時に、同じ牢に入ってた連中に、2、3日置きくらいに『孟子』の講義をしているんですよ。だから参考書なんかなかったと思うんですが、自由自在に引用して講義してる。あれ、みんな頭に入ってるんでしょうね。で、講釈がね、簡単にいうと、安岡先生のような講義なんですよ。

文章は昔風で読みにくいかもしれないけど、できたら若い人もあれを少しでも読んでみられたらいいと思います。つまり、古典というものはこういう読み方があるんだということを教えてくれる。

〈新井〉
あれは講談社で文庫本になっていますね。

〈宇野〉
そうですね。そういう例を挙げると、渋沢栄一さんの『論語講義』という本があります。これも講談社の文庫で出ています。これも天下一品の書物です。

あの『論語』の講義をされたのは大正8、9年ごろです。渋沢さんは幕末から明治・大正にかけて活動されたでしょ。その長い人生経験の中で、自分がいろいろ体験したことを『論語』の各章に引っ掛けて書いてあるんです。だからもう、天下一品、あれは渋沢さんじゃなきゃ書けない。

〈新井〉
歴史上のことなんかも随分引用していますね。あれ、しかし、どなたか先生がおられるんじゃないですか。

〈宇野〉
いや、渋沢さんの物を読む限り、特別な先生はおられないようですね。

これは余談ですが、こういう話がある。渋沢栄一さんは篤二さんというご長男のちょっと教育を間違えた。で、「私に子どもの教育を話す資格はありません」と、しょっちゅう、おっしゃったそうですが、その子の敬三さんに対しては絶大な信頼と愛情を注がれた。

それで、敬三さんが中学に入られた時だと思いますが、うちの父(宇野哲人)が渋沢さんに呼ばれて「敬三に自分は『論語』の講義をしたいと思う。『論語』の講義なら自分でもできないことはないが身内のものではやはり良くないから、その先生をお願いしたい」と。

そのころ、父は40になるかならんぐらいでしょうね。ひげを生やした老先生では子どもが退屈してしまうだろうが、若い洋行帰りの先生なら、子どもの心をとらえるような講義をしてくれるかもしれないというので頼まれたんです。それで毎月1回、渋沢邸に行っていました。

〈新井〉
ああ、そんなことがあったんですか。

 


〈本記事は、書籍『古教、心を照らす』『心花、静裏に開く』(いずれも致知出版社)より一部を抜粋・編集したものです〉

◇新井正明(あらい・まさあき)
大正元年、群馬県生まれ。昭和12年、東京帝国大学法学部卒業。同年、住友生命保険会社入社。常務取締役、専務取締役、社長、会長、名誉会長を歴任。関西師友協会会長を務める。平成15年逝去。

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今年(2018年)で創刊40周年を迎える月刊『致知』。
新井正明さんには、創刊25周年の折にお祝いのメッセージをいただきました。

〝創刊号からの読者として、またその発展をいささか応援してきた者として、『致知』創刊25周年を迎えることは感無量のものがあります。

 25年――振り返れば決して平坦な道ではありませんでしたが、あっと言う間でもあったように思われます。そう感じさせるのは、『論語』にいう「吾が道は一以てこれを貫く」そのままに、『致知』がひたすら人間学を追究してきたからにほかなりません。一道を行かんとするその姿勢に深い敬意を表します。

 安岡正篤先生の「萬燈行」の言葉が思い浮かびます。

“内外の状況を沈思しましょう
このまま往けば、日本は自滅するほかはありません
我々はこれをどうすることも出来ないのでしょうか……我々は日本を易えることが出来ます
暗黒を嘆くより、一燈を付けましょう
我々はまず我々の周囲の暗を照す一燈になりましょう(後略)”

暗闇に萬燈を招く最初の一燈。『致知』はまさにそのような存在でありました。新たな四半世紀もまた同じ存在であり続けるだろう『致知』に、変わらぬ応援を送ります。私も今年満90歳になりましたが、日本の安泰のためにも人生の道標たる『致知』がさらに発展していくことを願ってやみません〟

――住友生命名誉会長 新井正明

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